三十九話 普段我慢してる人ほどキレたらヤバい
「これ、誰だと思いますか?」
と、今度は春奈の方が写真を取り出してきた。
そこに写っていたのは、二人の少女、いや、幼女。
「こっちの金髪は広瀬か? で、となりにいるのは……」
金髪の幼女の方は、目つきの鋭さで何となく楓だというのが分かった。だが、隣にいる幼女は、全く分からない。全体的にちょっと……いや、かなり太ましく、横で言うのなら、楓の倍はある。
と、そこで篤史はふと思う。
この状況、このタイミングでこんな写真を見せてきたわけ。
その理由は。
「まさか……お前なのか?」
その言葉に、春奈は頷き、篤史は目を見開く。
あり得ない……そんな言葉が口に出そうになるほど、今の彼女と写真の幼女は別人だった。成長したからとか、そういう問題ではない。
「昔の私は、お世辞にも綺麗だとか、可愛いとか、そんなことが言える容姿や体ではありませんでした。皆から馬鹿にされ、コケにされ、兄からもブサイクな奴だと言われ続けていました。でも、そんな私を見捨てなかった人がいた。私の傍にい続けてくれた人がいた。それが楓さんです」
写真を眺めながら、春奈は話を続ける。
「あの人は、私にとっての理解者でした。あの傍若無人な兄に付き合わされる、唯一同じ境遇の人。愚痴を言い合って、お茶をして、料理も一緒に作ったりして。そういう何でもない日常が、私にとっては、宝物だったんです」
「宝物……」
「父や母からは、お前は兄のフォローをしてやれ、お前にしかできないんだから、お前はそれだけの能力がある……ずっとそう言われ続けてきました。あの人たちの中では、子供は兄が中心で、私はその補佐ってことになっているんでしょう。私の人生は、あの兄の尻ぬぐいばかりで、自分の我儘を通したことは、一度もありませんでした」
二宮家にとって、跡継ぎは徹だ。故に、両親は長男である彼を大事に育ててきたつもりなのだろう。
だが、そのために妹を使うなどというのは、あまり関心のいく行為ではない。少なくとも、篤史から見て両親は大事に育ててきたのではなく、甘やかして育ててきたとしか思えなかった。
そして、その分、負担を妹の方に回す……正直、親も親で色々と問題があるように思えてきた。
「でも、それでもよかった。私には、夢があったから。楓さんを、あの人を……いつか姉さんと呼べる日がくる。それまで頑張ろうって」
それだけ、彼女にとって、楓は心の支えだったのだろう。自分の境遇を知り、そして辛さを分かち合える仲間であり、将来家族となる存在として。
だが……それが実現することは、ついぞなかった。
「なのに……なのに、兄は、あのどうしようもない馬鹿は、その夢すら奪いさった。自分が『利用されている』と知らないまま、勝手に楓さんを切り捨てた。しかも、両親はそのことに何の迷いを持たなかった。長年兄のために頑張ってきた楓さんを、見放した。むしろ、そんなことより、兄に想い人ができたことに喜んでいましたよ……」
それが井上加奈との婚約。
春奈にとって、それが一つの、そして大きなきっかけとなった。
「その瞬間、私の中にあった小さな糸がぷっつりと切れてしまったんです。兄に対する役目とか、家族への情とか、そういう諸々が一気に崩れ去りました。そして、理解したんです。ああ、もう我慢するのはやめようって。だから、潰したんです。私の大事な人を―――姉になるはずだった人を傷つけた連中を」
それが彼女が行動した原因。
自分の夢を奪われ、自分の大切な人を傷つけられた。それに対して、彼女の中にあった感情は爆発し、今回の経緯に至った、というわけだ。
「そのために、お前は連中の会社の経営を傾けたのか……」
「はい。とは言っても、正直なところ、遅かれ早かれってのがほとんどでしたよ。井上加奈の会社は勿論、他の連中の会社も横領や賄賂、その他多くの犯罪に手を出していましたから。警察も既にマークしてたらしいですし、私が手を出さなくても、数年後にはどの会社も企業もなくなっていたでしょう」
「おいおい、それで大丈夫なのか、日本の企業……」
確か、楓が通っていた学校は多くの名門や富豪の息子や娘が多くいる場所。つまり、日本企業のトップと言っていい。そんな連中がイジメをしていたことも呆れるが、その親の会社も真っ黒だったことに、篤史は溜息を吐きたくなった。
「はぁ……それでも、お前は自分の手で連中を潰した、と」
「ええ。そうしなければ、私の気が済みませんでしたから」
その言葉で、目の前にいる少女が、ある種、普通ではないのだと改めて理解する。
気が済まない。たったそれだけの理由で、複数の会社や企業を経営難に陥れた。そこには、彼女とは全く関係のない会社員や従業員もある種犠牲になっているはず。そこに罪の意識はないのか……などというのは恐らく無意味だろう。その程度で罪悪感を感じる者が、複数の会社を潰す、なんて所業、できるわけがないのだから。
「……お前の気持ちは、よく分かった。その言い分は理解できないわけじゃない。正直なところを言うと、広瀬をイジメてた連中を追い詰めた点については、俺は感謝している節さえある。俺はこう見えて、あいつの友達のつもりだしな。だから聞かせてほしい―――何故、俺らまで排除しようとしたんだ?」
篤史が聞きたいことは、その一点。
井上加奈や、元クラスメイト達についてはよく分かった。
しかし、篤史たちにちょっかいを出してきたのは何故なのか。
「それは貴方たちが……いえ、正確には、貴方が楓さんにとって、害のある人だと思ったので……」
「害のある、ね……それは、どういう理由だ?」
顔か、それとも篤史の以前の噂を知ってのことか。
……いや、もしかすれば、自分以外、楓に近づく者は全て害悪であり、だからこそそれを排除しようと考えてのことなのだろうか。
先ほどの会話から考えて、彼女は少し、楓に強い想い入れがあるような節がある。ゆえに、彼女を独り占めしたい、だから邪魔者は排除という、ちょっとヤバ目な考え方を持っているとか。
などと色々と考えを膨らませていると。
「だって……」
どこか言いづらそうに、ぽつりとつぶやく。
篤史は焦らさず、それをじっと待ち続ける。
そうして。
「だって、女性を連れて二人っきりでメイド喫茶に行く人なんて、ちょっと頭がおかしい人としか思えないじゃないですかっ!!」
…………。
…………。
…………?
「はい?」
予想の斜め上を行く言葉に、またもや目を丸くさせたのだった。
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