三十八話 裏工作はアシが付かないようにするべし
篤史の言葉に、春奈はどこか驚くような表情を浮かべながら、言葉を紡ぐ。
「な、なにを突然……」
「最初に違和感を感じたのは、お前が初めてここにやってきた時だ。お前は、自己紹介をするとき、婚約関係にあった許婚の妹だ、と名乗った。しかも、全員の前で、だ。普通、そんな言い方するか? そんなことを言われちまったら、普通は相手が困るってのは誰でも気づくだろう」
事実、あの瞬間、篤史たちは全員、動揺し、驚いていた。
「最初は、そんなことも分からない奴なのか、と思ったが……話をしている限り、どうにもお前はそういう配慮ができない奴ではないと分かった。じゃあ、何故あんな風なことを言ったのか。それが俺の中でずっとひっかかっていたんだ」
この時点では怪しい、というより、妙だ、という感じだった。
理由は分からない。だが、それがわざとであることは、なんとなく察していた。
そして、疑念はまだ続く。
「次に違和感を感じたのは、俺達にちょっかいをかけてきた連中が来た後。お前は俺らの話を聞いて、すぐさま兄貴がやったことだと断定した。それがさも当然だと言わんばかりに。身内だぜ? それが人を雇って他人を脅したとなれば、『信じられない』の一言でも出てくるもんだろう」
たとえ、それが本当のことだったとしても、一瞬の疑惑も持たずに、すぐさま兄がやったという他人の話を何故信じられるのだろうか。ましてや、篤史たちと春奈はあの時、ほぼ初対面である。そんな人間が「お前の兄が襲わせた」などと言われて、それをどうして疑いを持たないのか。
「まぁ、正直それらは俺が感じた違和感……直感みたいなもんだ。お前が一連の裏にいたって証拠を集めたのは、俺の知り合いだ」
言いながら、篤史は懐から一人の男が写っている一枚の写真を取り出し、春奈の前に見せる。
「お前はこいつに『二宮徹』と名乗らせてたな? 問い詰めたら、自白したらしいぞ。お前に頼まれて、『二宮徹』を名乗って、あの連中に俺らに警告するよう、指示したってな」
それは、柊からもたらされた情報の一つ。彼はどうやら、篤史たちにちょっかいを出しに来た連中のもとに行き、そこからこの男へとたどり着き、自白させることに成功したそうだ。
無論、証拠はそれだけではない。
「加えて、これだ」
そう言って次に取り出したのは、小さなカレンダー。
そこには、数日間、×が入ったところがあり、そこを示しながら、篤史は続けて言う。
「広瀬が転校した後、お前は何日か学校を休んでるよな。そして、その直後に、井上加奈の会社は経営難に陥り、会社は潰れた。それだけじゃない。広瀬をイジメめていた連中やそれを見てせせら笑っていたクラスの連中が退学や休学し始めたのもその頃だ。気になって調べたら、お前が学校を休んでいる間、井上加奈やクラス連中の会社と契約している相手先や提携先に出向いてるってのが分かった……これが、ただの偶然だとは言わせねぇぞ」
「そ、それは……その……」
「さらに言うなら、もう何社からか言質も取ってるとのことだ。ちょっと『丁寧なお願い』をしたら、教えてくれたらしいぞ。お前から色々と情報を聞いたってことな」
それがどんな『丁寧なお願い』なのか、とても気になるところではあるが、今はそれは置いておく。事実、そのおかげで、大事な情報が手に入ったのだから。
「俺の知り合い曰く、『多くの情報を持っているのは見事。しかし、足がつくやり方で情報を流すのは論外』、だそうだ」
春奈の行動により、井上やクラスメイト達の会社は潰れた。それによって、彼女の目的はある種、叶ったといえるだろう。
だが、こうして足がついてしまうとなれば、詰めが甘いと言わざるを得ないだろう。
「一応、他にも色々と証拠はあるんだが……まだ続けるか?」
篤史の問いに、春奈は無言で首を横に振った。
そして、大きなため息を吐く。
「はぁ……まさかそこまで調べあげているとは……一つ、いいですか。貴方の知り合いというのは、どこかの工作員か何かで?」
「いやその件については俺も最近本当に気になってるところだ」
などと、本音を口にする篤史。
正直、詰めが甘い、と篤史は思ったものの、あの委員長相手で全くボロを出さないようにするなど、ほとんど不可能に近いことだろう。
というか、だ。そもそもにして、篤史たちにちょっかいを出してきた連中から、春奈にたどり着くまででも凄いというのに、彼女が情報を提供した会社まで見つけ出し、挙句そこから言質をとるなど、誰が予想できようか。
その点を言えば、春奈はある意味、運が悪かった、ともいえる。
そして。
「しかし、そこまで調べられているのなら、もう隠す必要もないでしょう。ええそうです。井上加奈……あのクズ女と、楓さんをイジメていたゴミどもを潰したのは、他ならぬ私ですよ」
まるで、観念したかのように、春奈ははっきりと自分がやったと認めたのだった。
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