三十七話 人はやっぱり噂をする生き物である
やられた。
篤史はムスッとした表情を浮かべながら、教室の席で肘を机につけていた。
その原因は、クラスの連中が話している内容。
「―――ねぇ、今日のアレ、見た?」
「ああ。見た見た。今朝、校門とか学校の外壁に貼られてた例のチラシだろ?」
「まさか、広瀬が元お嬢様だったとはなー。しかも、婚約破棄されてるとか」
「どこぞのネット小説みたいな話だよな」
現在、学校中で噂になっているもの。それは、今朝、校門や学校の壁に貼られていた複数のチラシについて。
そこには、楓がとある企業の一人娘であることや、婚約を破棄されたことなどが書かれていた。
一見すれば、別段悪口などは書かれていない。しかし、人の事情をかってに公開されたことは事実であり、当事者にとってみれば、たまったものではなかった。加えて、婚約を解消、ではなく、破棄された、と書かれている。その二つは、似ているようで、大きな違いであり、読み手によって、抱く感想は違ってくる。
「でも、あれだな。婚約を破棄されるってことは、何か問題でも起こしたのか?」
「ああ、かもな。だって、婚約破棄だぜ? ってか、実際、この学校に転校してきてるわけだし。何にせよ、普通なことじゃないってのは確かだろう」
「いやー、前からちょっと近づきにくいところがあったけど、余計にちょっと話しかけづらくなるなー」
「だなー。本人に直接聞くわけにもいかないし」
などと、勝手な想像が噂となって広がっている。
それは、篤史の時のように、直接的な罵倒や陰口のような内容ではない。どちらかというと、分からないから近づかないでおこう、と言った具合だ。
(クソが……一歩遅れをとったってことか)
昨日、柊のおかげで、篤史は今回の裏にいる人間の正体を知ることができた。しかし、だからと言って、すぐさま呼び出し、対応ができるわけでもない。ちゃんとした対策をたてるためにも、時間が必要。そう思ってしまったのが、この状況を作ってしまった原因だろう。
そして、その当事者である楓はここにはいない。
いや、正確には、今日は学校を早退することになった。
それは、先ほど、楓の口から直接きいたことである。
『広瀬。大丈夫か?』
『ああ、うん。大丈夫。問題ないから。ただ……その、今日はちょっと家に帰らせてもらうことにした。べ、別に大したことはないから。ほ、本当に大丈夫だって。だから、心配すんなよ? な?』
などと口にはしていたものの、しかし、その態度は明らかに大丈夫なものではなかった。篤史に向けた笑みも、どことなくぎこちなさを感じさせた。気丈に振る舞っているつもりだったのだろうが、篤史にはバレバレであった。
『……篤史さん』
ふと、そこで自分の席に座っている友里から、テレパシーが送られてくる。
『何だ』
『正直なことを言います……私、今、ちょっとキレてます』
『奇遇だな……オレもだ』
友里の言葉に、篤史も同意する。
かつて、自分の悪口や陰口を聞いた時、篤史は胸糞が悪いと思っていた。だが、今回はそれ以上にはらわたが煮えくり返っている。
自分の友人を、追い詰めている人物。
その目的が何であれ、篤史はもう手をこまねいている暇はないのだと、この時確信していた。
『白澤。このままこれを放置しとくと、きっとまずいことになる。そうなる前に、俺は手を打ちたい……前回と同じような形で悪いんだが、協力してくれないか?』
本当ならば、友里に助けを求めるつもりはなかった。
篤史は、前回も彼女には助けてもらった身だ。そんな自分が、今回ももう一度手を貸してほしい、なんていうのは、あまりにもおこがましいことだろう。
しかし、それでもあえて、篤史は友里に頼み込む。
そして、返ってきた返答は。
『何言ってんですか、篤史さん。そんなの、当たり前じゃないですか』
それこそ、まさに当然だと言わんばかりの言葉を返してきたのだった。
今回、篤史が友里に頼んだのは、超能力での援護、ではなく、場所の提供。
つまりは、彼女の喫茶店を借りること。
そこに、『相手』を呼び出し、話をつけることが、篤史の目的だった。
そうして、その日の夕方。
店の奥の席で待っていた篤史の前に、その人物はやってくる。
「呼び出して悪かったな」
篤史の言葉に、『相手』は「いいえ」と言いながら、彼の真正面の席に座った。
「さて……単刀直入に言う。以前、俺達を襲ってきた妙な連中。そして、今日、広瀬のことを書いたチラシを学校にバラまいた奴。加えて言うのなら、あいつの元婚約者である二宮徹と井上加奈の仲を切り裂き、その上広瀬をイジメていた連中を退学やら休学に追いやった。それらをやったのは、お前だよな―――二宮春奈」
篤史はそんな言葉を、目の前の少女―――春奈にたたきつけたのだった。
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