三十六話 だからさぁ、委員長。お前一体何者?
「―――それで、柊。例の件が調べ終わったって、本当か?」
「ああ。あらかた調べ終わっている」
あれから数日後。
もうすぐ夏休みを控えたある日の昼休みに、篤史は柊からの報告を聞いていた。
「結論を言おう。二宮徹の元許嫁である井上加奈。その両親が経営していた会社が潰れたのは、誰かに仕組まれたものだ」
何の迷いもなく、柊は断言する。
「……その根拠は?」
「二宮徹と井上加奈。二人の婚約が決定した直後に、井上の会社の各方面から契約解除や取引の打ち切りが続出したらしい。それが原因で、一気に経営難となり、あっという間に株価は暴落。会社をたたまざるを得なくなった、というわけだ」
やはり、徹と加奈の婚約の時期と加奈の方の会社が経営難にあった時期はぴったり一致しているのは確からしい。
「なぁ、柊。俺は会社経営に詳しくないから何ともいえないんだが、一度に契約解除やら取引の打ち切りがあるなんてこと、あり得るのか?」
「普通はない。だが、その企業があまりにも信用を失う行為をすれば、当然あり得る。そして、それだけの要因が、井上の会社には存在した」
信用を失う行為。
そのことで、篤史の頭によぎったのは、楓との婚約を解消した件についてだった。
「もしかして、婚約のことが原因で……?」
「まぁ、それも要因の一つだろう。通常、二宮グループと婚姻関係になれば、それは地位向上につながる。だが、今回に限っては逆効果だと言わざるを得ない。現在の許嫁の会社よりも勢いがあるから……という理由になっているが、実際のところは、子供同士が好きあっていたから、というのが大きいだろう」
一見、それは問題のないようにも思える。好きあった者同士が結ばれる。それが普通なのだから。
しかし、今回は状況が違う。
「本来なら、結婚とはそういうものだ。だが、これが会社同士の政略結婚となれば話は別。別の女を好きになったから……たったそれだけの理由で、婚約を無かったことにされたんだ。これが、広瀬の会社が潰れただの、経営難に陥ったなど、そういった原因が重なれば別だが、そんな事実は一切ない。つまり、広瀬の方にはこれといって不手際があったわけではない。にもかかわらず、長年の婚姻関係をほぼ一方的になかったことにされたんだ。正直、二宮と井上、双方にとっての印象が悪いものになったはずだ」
何の不手際もなく、ただ向こうの方が条件がいいから。それは一見、合理的に見えるが、しかし人間とは信用や信頼で成り立つ関係でもある。それこそ、長年に渡って婚約関係を結んでいたというのに、それを一瞬で消滅させるとなれば、他の人間が、商売をする上で、信用や信頼を持てないと思われても仕方ないだろう。
「だが、最もな原因はそこじゃない。一番の原因は……賄賂だ」
「賄賂……?」
「ああ。井上の会社は、最近突然と急成長してきた会社だ。それも、たったこの一年で、だ。広瀬の会社も成り上がりと言われているが、あれは何年もの下積み時代があった上でのものだ。だが、井上の会社にはそれが一切ない。すぐに起業して成功し、瞬く間に今の状態になった。だが、それには無論、理由があった、つまり……」
「つまり、会社を大きくするために賄賂を配ってたってことか……んで、それを他の企業が知って、次々と撤退していった、と」
篤史の言葉に、柊は頷く。
「しかし、重要なのは、それを各企業が同時期のタイミングで知った、ということだ。そして、それがただの偶然だというのには、あまりにも出来すぎている。しかも、時期が時期。これは、明らかに誰かの差し金だと言えるだろう」
確かに、そうだろう。
これだけの条件が重なれば、最早偶然やたまたまで済まされるものではない。
「加えて言うのなら、おかしなことは広瀬が通っていた学校にも起こっている。あいつが、婚約を取り消された後、どんな扱いを受けていたか、知ってるか?」
「まぁ、一通りは。無視されたり、意地の悪いイタズラをされたとは聞いてる」
「意地の悪いイタズラ、か……」
篤史の言葉に、柊は一瞬、視線を逸らした。
何かまずいことを言ったのか……そんなことを考えていると、柊は若干、難しい顔つきで話し出す。
「俺が調べた限り、イタズラどころの話ではない。あれはもうイジメだ。無視は勿論、モノを隠されたり、壊されたりも日常茶飯事。机の上には常に落書きをされ、時にはトイレの最中に、水をかけられたこともあったらしい。あげく、階段から突き落とされ、病院に運ばれたらしいんだが……その時、彼女を助ける奴はおらず、皆笑っていたらしい」
「なっ……」
告げられた事実は、あまりにも衝撃的なもの。
確かに、以前、無視されたとは言っていた。イタズラもされたとも言っていた。
だが、それがそんなにも過酷で下劣な行為であったとは、篤史は考えもしていなかった。
「あいつ……そんなこと、一言も……」
「それはそうだろう。そんな話、他人にはしたくないだろうに……それで、だ。本題はここからだ。広瀬をイジメていた連中……というか、広瀬が所属していたクラスメイト、そのほとんどが、退学や転校、引きこもり状態になっている」
「……何だって?」
これまた柊の口から出た言葉に、篤史はまゆを顰めざるを得なかった。
「広瀬がいなくなった後、まずは主犯格の連中が退学処分になった。万引きやかなりタチの悪いイタズラをしていたことを学校側にバラされたらしくてな。親の権力でどうにかしようとしたらしいが、その親の会社も『何故か』唐突に経営難になり、潰れていった。そして、親の後ろ盾をなくした連中は当然退学。中には少年院に入った者までいる始末だ。そして、この件はそれだけじゃ終わらなかった」
「つまり、主犯格じゃない連中も同じようなことに?」
「まぁ、退学したのはそいつらだけだが、ほとんど同じようなものだ。全員、バラされたくないことを学校側にバラされ、停学処分になったり、居場所がなくなり、転校した奴も多い。残った連中もほとんどが学校にはいづらくなり、絶賛引きこもり中というわけだ」
それはそうだろう、と篤史は心の中で呟く。
自分のバラされたくない過去。それを周りが知っている状況で、学校に通うなど、それこそどんなメンタルを持った人間でも不可能だろう。
まぁ、楓にした仕打ちを聞いた後のため、篤史は全く可哀想とは思わないが。
むしろ、彼らを追い詰めた者に対し、よくやったと言いたい。
「無論、これも誰かが裏で糸を引いていた結果だろう。でなければ、こんな偶然が起こりうるはずがない。それで、だ。今回、裏で糸を引いていたであろう人物は―――」
「いやちょっと待て。え? もしかして、もうそこまでたどり着いているのか?」
「当然だ」
「断言したよ、この委員長……いや、さっきまでの報告もそうだが、お前ホントに何者だよ。マジでどっかのエージェント? っつか、こういうのは、情報をまとめて、それから推理していくもんじゃねぇの?」
「だから俺が情報をまとめて推理しているのだろう?」
「いやまぁそうだけど。そうなんだけど……」
何というか、篤史からしてみれば、願ったり叶ったりな状況ではあるが……一方で、物凄いご都合主義の何かを感じてしまうのであった。
「くだらないことをいつまでも言ってるな。それで、今回の裏にいる奴だが―――」
そうして、柊はその人物の名前を告げる。
しかし、その名前を聞いた時、篤史は驚くこともなく、ただ小さく「そうか」と呟くだけだった。
「驚かないんだな」
「薄々、そんな気はしていた。ちょっとした違和感もあったからな」
「なるほど。予想はしていた、と……それで? これからどうするつもりだ?」
これからどうするのか。
恐らく、犯人は『あの人物』で間違いない。その理由は、未だ不確定なところもあるが、しかしおおよその予想はできている。
そして、だ。
だからこそ、このままにしておくわけにはいかない。
故に、柊の問いに対し、篤史は。
「当然、ケリをつけるつもりだ。俺流のやり方でな」
はっきりと、そう断言したのであった。
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