三十五話 ハイスペックでも中身がダメな時もある
喫茶店の営業時間も終わり、真は後片付けをしていた。
そんな中、篤史たちはまかないであるカレーを食べながら、雑談を交わしていた。
『しかし、まさかここまで乗り込んでくるとは。大胆というか、考え無しというか……いや、どう考えても後者なんでしょうけど』
確かに、実行力という面はあるのかもしれないが、それが間違った方向にいっているのだから、ある意味余計にタチが悪いともいえるだろう。
「ああいうところは、昔からだからな。思い込みが激しいというか、一度こうだと思ったら、中々人の話を聞こうとしない。まぁ、悪い奴ってわけじゃないけど……それで色々とひと悶着あったりして、私は毎回それに巻き込まれてた」
『えー、何ですか。本当に頭お花畑じゃないですか。そんなんでよく大企業の御曹司とかやれてましたね』
二人の言い方が悪いが、しかし篤史もそれは思う。楓やその家族が、自分の恋人の会社を潰したかもしれない……その疑いをかけるにたる証拠はどこにもないのだ。唯一、疑惑を感じられるのは、楓との婚約を無かった事にした直後に会社が潰れたという点。確かに時期が時期、と言えなくはないが、それだけで楓に疑いを持ち、ここまでくるのは、非常識としか言いようがない。
「まぁ、二宮家は徹と春奈ちゃんの二人兄妹だからな。跡継ぎの徹に対して、両親は甘やかしてるところはあったよ。でも実際のところ、頭が悪いわけじゃないんだ。英才教育ってやつをちゃんと受けてて、何でもそつなくこなすことはできるんだ。特に、ピアノとかは、物凄くうまくて、コンクールでも何度か賞をとってるし」
「……何だって?」
思わず、篤史は聞き返してしまう。
それだけに、今の話の内容は信じれないものだった。
『嘘……あんなのがコンクールで賞をとってるんですか……はっ、もしかして、やらせですかっ!?』
それはないだろう……というべきところなのだろうが、しかし徹の人となりを知ってしまっている篤史もまた、同じことを思ってしまった。
けれど、そんな二人の想像を楓は打ち砕く。
「そう言いたいのは分かるけど、実際のところ、それだけの腕はあるよ。だからアタシもまぁ、ピアノとか、音楽関係に関してだけは、凄いと思ってるよ」
あれだけのことを言われながらも、そんな言葉を口にする楓。それだけ、徹のピアノの腕は本物だということなのだろう。
「そんなこんなで、一応、ハイスペックではあるんだ。家柄よし、勉強はまぁまぁ、スポーツもできる方。加えて、ピアノは賞をとるほどで、あのイケメン顔」
『まぁ確かに。それはハイスペックですよね……』
「これで性格が普通ならよかったんだけど、あの調子だから、問題を起こすことも少なくなかった。そのたんびに、春奈ちゃんが後始末とか、フォローとかしてたし」
楓の言葉に、二人は首を傾げた。
『? 何故、妹さんが後始末やフォローをするんですか?』
「あー……まぁ、何というか、それは彼女がそういうのに長けてるっていうか、そういう風に育てられてきたからかな。ほら、徹は性格に問題があるだろ? 流石に両親もそのことには気づいていたから、しっかりしている妹の春奈ちゃんに、後始末とかフォローとかを任せているところもあるんだよ。多分、この前ここに来たのだって、そういうことなんだろうし」
『つまりは、兄の不始末を妹がしりぬぐいしている、と……本当に始末におけないですね、あのクソ男』
自分勝手なことをしておいて、その後の処理は、全て妹に任せていると。それだけを聞けば、友里でなくとも、ロクでなしだと思うのが普通だろう。
そして、ここまでの話の中で、友里はふと思ったことを口にする。
『妹さんとは、仲がいいんですね』
「まぁね。昔から、あいつのことで一緒に振り回されてたし、お互いそれで愚痴とか言い合って。正直、春奈ちゃんがいたから、あいつとの婚約関係をなんだかんだつづけてたようなところもあったかな」
辛いことや厳しいことも、ともに共有できる誰かがいれば、それは一人で抱える時とは比べ物にならない程の安心感があるもの。きっと、楓にとって、春奈はそういう存在だったのだろう。
「春奈ちゃんはさ、本当にいい子なんだよ。アタシが転校した後も、ちょくちょく連絡くれてさ。その上、頑張り屋なんだ。彼女も彼女で、勉強だってできるし、運動もできる。でも、それは才能とかじゃなくて、努力の結果なんだよ。それを私はよく知ってるから。だから多分、あの子が男だったら、絶対、会社の跡継ぎは春奈ちゃんになってたはずだと思う」
断言、とまではいかないが、しかしそうなるであろうと楓は言う。それだけ、彼女の中で、春奈に対しての信頼は厚いということなのだろう。
「アタシさ、多分、山上や白澤以外の友達って、彼女しかいないと思うんだ。昔からの付き合いもあって、何より色々としてくれたから。だから、あの子には幸せになってほしいんだ」
それは楓の嘘偽りのない本心なのだろう。きっと、彼女は本気で春奈に対して、好意を持っており、何より信じている。
そんな彼女の話を、篤史はカレーを食べながら、黙々と聞いていたのだった。