三十三話 とりあえずやられたらやり返すのは基本
唐突な荒げた言葉に、徹は何も言わない。いいや、何もいえない状態だった。
それは驚いた、という意味もあるが、それ以上に体が全く動けなかったため。それこそ、口が思うように動かない程。
それはまるで、殺気そのものであった。
「全く、言いたい放題言ってくれちゃって。しかも言ってることが全部支離滅裂。ホント、話を聞いた時はもしやとは思っていたけど、ここまで常識知らずとは、私も予想外すぎる展開だわ」
「何、だと……?」
「あら? 癇に障った? まぁそれもそうよね。人間、本当のことを言われると頭に血が上ぼりやすくなるものね」
挑発するかのような言葉。けれど、それを聞いた上で、徹は反論できない。
今の彼は、蛇に睨まれた蛙の如く、ただ身動きできず、聞くことしかできないのだから。
「けどまぁ、正直ここまで何も考えられてないとは思っていなかったわ。倒産してない? 今まで通りの生活? 全く、本当に分かってないわね。婚約者に婚約破棄をされて、普通に暮らせるとでも思っているわけ? 周りからどんな扱いをされていたのか、そのせいであの子が転校するはめになったってどんな気持ちでいたのか、理解してる? いいえしてないわよね。だから貴方はこんなところに来て、さっきみたいな馬鹿丸出しのセリフを口にしているもの」
恋は盲目。時に人を惑わし、周りを見えなくしてしまう。徹の場合もそうではないか、と思っていたが、しかし真はそれだけではないと察していた。
きっと、この男は、その恋人ができる以前から、どうしようもない奴であったのだ、と。
「本当に呆れたものね。あの子が学校に行けなかった原因を作った張本人が何の自覚もないなんて……いえ、自覚がないからここまで馬鹿なことができるのかしらね。まぁ、でも正直なところ、貴方との結婚が取りやめになったことだけは良かったと思っているわ。何せ、こんな頭がハッピー花畑野郎とあんな頑張り屋さんな彼女が結婚するなんて、それこそゾッとする話だもの」
真は楓の事情を知っている。だからと言って、本当は深入りするつもりはなかった。他人に土足で自分の心に入られることがあまり気分がいいものではないと、彼はよく知っているから。
けれど、これはダメだ。
こんな男が、今の彼女の邪魔をしようとしていることは、流石に看過できなかった。
「それに、今の楓ちゃんにはいい男が傍にいるし。あの子のことを本当の意味で心配してくれる、娘曰く、なんだかんだの極致にいる子でね。貴方なんかよりも、よっぽどいい男よ。まぁ、楓ちゃんが彼と良い感じになっちゃったら、それはそれでウチの子が困るんでしょうけど……それはまぁ、あの子たちの問題だし? 大人が茶々いれるようなことでもないでしょ」
いや、そもそもにして、恋愛とか、まだその領域に達してもいないのだろうと、真は直感で理解していた。そして、それが決して外れていないことも。
しかし、だ。これからそういう風な関係になる可能性はゼロではない。いや、むしろ高確率であるだろうとも予想している。
そして、篤史の相手が友里になるか、楓になるか。それは分からない。どっちになったところで、きっとドタバタするだろうし、面倒なことにはなる。けれど、それでも、きっとそこには笑顔があるのだと、真は確信していた。
そして、だ。
「まぁ、つまり何が言いたいかっていうと、あの子たちの邪魔になるようなことはするなってこと。逆恨みだろうが何だろうが、もう貴方ごときが関われる隙間なんて、もうこれっぽっちもないんだから」
言い終わった後、徹は顔を真っ赤にさせていた。
言いたい放題言いやがって……そんなこと言いたげなのは、顔を見れば一目瞭然。最早、怒りは頂点に達していると言わんばかりだった。
そして、そんな人間がやることは単純明快。
次の瞬間、徹は己の握った拳を振り上げ―――
「おい」
と、そこで。
徹の振り上げた右手を篤史が掴んで止めた。
「それ以上はやめとけ」
「な、何だよお前は……」
「お前が切り捨てた女の友達だよ。それより、もういいだろ。さっさと出てけ。その人はお前が傷つけていいような人じゃない」
「っ、どいつもこいつも勝手なことを口にして……っ!!」
刹那。
徹の左拳が、篤史の顔面に直撃した。
しかし。
「なん、で……」
「なんだ、その程度で、どうにかできるとでも思ったのか?」
などと、篤史は微動だにせず、そのままの体勢で言い放つ。
徹の拳は確かに直撃した。間違いない。だというのに、篤史は何事もなかったかのように、顔色一つ変えず、そこに立っていた。
「もう一度だけ、言う。さっさと出てけ。この店は、お前のような奴が来ていい場所じゃねぇんだよ」
「…………くそ、これで終わりだと思うなよ!!」
そんな、三下のチンピラが言いそうな言葉を吐き捨てて、徹はドアを開け、そのまま出ていこうとした。
その時である。
「ああ、一つ言い忘れていたことがあった」
「っ、何を―――」
刹那。
篤史の拳が、徹の顔面に放たれた。
それによって、店の外に勢いよく吹っ飛ばされ、地面に倒れ伏せる。
「が、ぁ……」
「今のは広瀬の分だ。だが、忘れるな。あいつの痛みは、そんな程度じゃあない。そして、もうこれに懲りたら、もう二度とそのツラを見せるな。分かったか」
「――――――っ、」
右手を顔にあて、何かを言いたげな徹。
だが、彼は何もできない。それを理解してしまったからこそ、尻尾を撒いて逃げる他なかった。
そして、そんな彼の後ろ姿を、篤史は睨みつけながら、見送ったのだった。
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