八話 クラスに美少女が二人の確率は?
『あ、篤史さーん! おはようございます』
『おう』
朝。教室に入った瞬間に送られてきたテレパシーに、篤史は応えた。
テレパシー能力とは、本当に便利なものだ。何せ、わざわざ話す時に、相手の傍までいく必要がないのだから。加えて、友里はこちらを向いていない。彼女は、視線を対象に向けなくても、会話ができるのだ。
とはいえ、だ。篤史からしてみれば、会話をするのなら、普通に喋るのがいいため、教室以外では彼自身は喋っているのだが。
『昨日はありがとうございました』
『別に、大したことじゃねぇよ』
改まっての感謝の言葉に対し、自分の席に座りながら、そんな言葉を返す篤史。その態度からして、ここにいる誰も、まさか篤史と友里が話しているなどとは思っていないのだ。
『あっ、でもあれだ。毎日同じようなことされるのはちょっと勘弁だな』
『そこについてはだいじょーぶですっ!! 今日からは気を抜かず、放課後はステルスモード全開にしますので!! 誰にも悟られないまま帰って見せます!!』
『だからそういうことは堂々と言うもんじゃねぇって』
相変わらず斜め上の返答をする友里に対し、篤史は心の中で溜息を吐く。しかしまぁ、彼自身も、彼女の気持ちが分からんでもないため、それ以上の指摘はしない。
『あっ、でもまた何かあったら助けてくださいね』
『おいこら。何さらっとまた助けてもらうつもり満々なんだ』
『え~、いいじゃないですか。私と篤史さんの仲じゃないですか~』
『お前とはそんなに長い付き合いじゃないと思うんだが?』
『ひどっ! 確かに事実ですけど、それを本人に言うのは流石にどうかと思うんですが!!』
などと抗議してくる友里に対し、『はいはい』と適当な言葉で流す。
とはいうものの、だ。何だかんだで、縁があるのは事実であり、友人であるのも本当なのだ。
なので。
『……まぁ、本当に困ってたら助けてやる。気が向いたらな』
さらっとそんな言葉を零す。
それに対し、友里はというと。
『むむっ。最後の一言から、私の中のツンデレセンサーが反応しました』
『よし分かった。もう何があっても助けてやらん』
茶化したのか、それとも真面目に言っているのかよくわからない言葉で、二人の会話は終了する。
……いや、正確に言えば、終了せざるを得なくなった、というべきか。
「おはよう、山上君」
「お前は……霧島か」
不意に話しかけられ、そちらへと篤史の視線が向けられる。
まず目に入ったのは、艶やかな短い黒髪。そして、前髪を留めているピンクのヘアピン。小柄な背丈と綺麗、というより可愛らしい顔がマッチしており、何より浮かべている笑みが魅力的。
霧島澄。
友里と同じく、この学校で一、二を争う美少女が立っていた。
「何々? もしかして、クラスメイトの顔、忘れてたの?」
「忘れるわけないだろう。特に、お前のような有名人のことは、嫌でも覚える」
「ふふ。はっきり言っちゃうんだね」
事実なのだから、仕方ないだろう。
澄ほどの容姿端麗な美少女など、一度見れば誰でもその脳内に焼き付けるはずだ。それこそ、彼女には多くのファンがいるとさえ言われている。そして、毎日のようにラブレターがきたり、告白もされているとか。
まさしく、ラノベや漫画で出てきそうな、美少女だ。
「それにしても聞いたよ~。昨日、白澤さんとデートしたんだって?」
「もの凄い誤解がある発言だな。デートじゃなくて、買い物だ。付き合ってもない二人が買い物に行ったくらいでデートとは言わんだろう?」
「いやいや、年ごろの男の子と女の子が買い物に行く。それを世間一般ではデートっていうんだよ」
「そうかい。そりゃ知らなかった」
澄の言葉に対し、篤史は苦笑を浮かべながら、両手を上げた。恐らく、彼女も本気で言っているわけではないだろう。
それくらいの判断は、顔をみれば分かる。
「それにしても意外だなぁ。貴方が白澤さんと接点があったなんて」
「接点なんてもんじゃない。ただ傘を貸してもらったそれだけだ」
「ふーん。それだけ、ね。でも、それだけの接点が、珍しいのよ。彼女、とても有名人だけど、誰かと一緒にいるところなんて見たことがないから。それこそ、誰かと一緒に下校するところもね。いるはずなのに、気づけばいなくなってる。そういう意味で、彼女は『妖精』って呼ばれるわけだし」
そうなのか、と篤史はここにきて、初めて『妖精』の意味を知った。
確かに、ただ綺麗だ、という意味なら『天使』とか『女神』の方がしっくりくるはずだ。にもかかわらず、『妖精』と呼ばれていたのは、そういう理由からだったのか。
「だから、何か彼女に気に入られるコツがあれば、教えてほしいんだけど」
「そう言われてもな。っつか、気に入られてどうするつもりだ?」
「こう見えて、私、このクラスの副委員長だから。お友達になっておきたいの。そんな理由じゃ、ダメ?」
その言葉に、篤史は少し考える。
友里がこのクラスに、少し馴染めていないのは事実だ。そして、それを副委員長だから、という理由で心配する澄の言葉も、一応の理屈はある。
本来なら、ここでクラスに溶け込めるようにしてやるのが、友達としての役割。
しかし―――篤史は、敢えてその選択をしない。
確かに、クラスに馴染めればそれはそれでいいだろう。だが、それは本人の問題であり、他人がどうこう言うことではない。友達だから、彼女のために、なんていうのはただの余計なお世話。本当にそうしなければならない時は手を貸すが、しかしそれもあくまで友里が望めばのこと。
ゆえに、篤史は首を左右に振って、また苦笑を浮かべる。
「……悪いな。正直、俺も分かってないんだ。逆に、あいつに気に入られるコツなんてものがあれば知りたいくらいだ」
「そっかー。残念。じゃあ、もしもまた白澤さんと何かあったら、教えてね?」
そう言って、澄は己の席へと戻っていき、女友達と談笑を始めていた。
何かあったら、と澄は言った。
正直なところ、昨日のようなことは、篤史にとって勘弁願いたいこと。
だから、何事も起こらずに平穏な毎日が過ごせればいい。
そう、思っていたのだが……。
『アヅジザーンッ!! だずげでぐざじゃい~~~~~!!』
一週間後。
何故か、友里に涙ながら(心の中では)の助けを求められる篤史なのであった。
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