二十九話 いつの間にか黒歴史を知られてたら焦るよね
「―――というわけで、少し調べてほしい」
学校の昼休み、篤史は柊に頼み事をしていた。
その内容は、楓の家のことや元許嫁、そしてその周辺のこと。
先日の一件で、何故か妙な胸騒ぎ、というか違和感を感じた篤史は、とりあえず、情報を集めることにした。
普通なら、そんなことを一学生が調べることなど不可能だが、目の前にいる眼鏡委員長は例外である。
事実、柊は篤史の頼みを不可能だ、とは言わなかった。
「話は分かった。だが、そんな重要な内容を、俺に言ってよかったのか? お前のことだ。どうせ、広瀬本人にも言ってないんだろう?」
鋭い指摘。そして、それは図星であった。
「……正直、悩みはしたが、結局、俺がただ違和感を感じてるだけだからな。確たる証拠もないって状況で、不安にさせたくはない。それに、委員長は信頼できるからな。人のあれこれを、勝手に言いふらすような奴じゃない。そうだろ?」
「随分とまぁ信頼されたものだな」
などと言っているが、柊がこれまでやってきたことを鑑みれば、当然の信頼と言えるだろう。
「しかし、また奇妙なことに巻き込まれているな、お前は」
「俺自身もそれは思ってる」
「自覚済みか。ま、広瀬の事情については、俺も少し気になっていたからな。あいつが富豪名家が揃っている以前の学校からどうして転校してきたのか、その事情についてはおおよそは把握していたが……」
「おおよそ把握していたのかよ……」
「当然だ。俺はクラスの委員長だぞ? 新しく来るクラスメイトの実情を知っておくべき立場の人間だろう」
「いや普通のクラス委員長はそこまでしねぇから」
恐らく、日本中、どこを探しても、ここまでクラスのことを把握しているクラス委員長はいないはずだ。
「まぁ、とはいえ、流石にタダで、というわけにはいかないぞ」
即ち、交換条件。
しかし、それはごく当たり前の提案だ。こっちの言うことだけを聞いてくれ、なんてのは虫が良すぎる話。篤史とて、それくらいは理解して、ここに来ている。
「そりゃそうだな。で? 俺は何をしたらいいんだ?」
「何、別に大したことじゃない。ボランティア活動の一環で、今度、近くの幼稚園で出し物をすることになったんだ。そこで、お前に手品をしてもらいたい」
「手品か。まぁ、それなら何とか……って。ちょっと待て。何で俺が手品できること知ってんだよ」
思わず聞き流すところであったが、篤史はこの学校で、友里以外に自分が手品ができることを話していない。そして、友里はあの性格。篤史が実は手品ができる、なんてことを言いふらすことはしないだろう。
ゆえに、柊が手品のことを知っているのは明らかにおかしい。
だというのに、目の前の眼鏡委員長はさも当然だと言わんばかりに、続けて言う。
「それくらいは把握済みだ。ちなみに、お前が中学生の頃、クラスの出し物でやった人体切断マジックがあまりに凄すぎて、うけるどころか逆にひかれたことも知っている。相手は子供だから、あまりそういう過激なやつ以外で頼むぞ」
「いや、だから何でそんなこと知ってんだよっ!! 普通に怖いぞ!!」
柊の情報収集能力がズバ抜けていることは知っていたが、まさかそんな黒歴史まで知られているとは、予想外すぎる。
しかし、今更そこにツッコミをいれたところで仕方がないと割り切った篤史は、別の問いを投げかけた。
「っていうか、ボランティア活動って……なんで柊がそんなことしてんだよ」
「まぁ、ボランティア活動っていうのは、一種の建前。実際は、俺はその幼稚園の卒園生で、園長とは昔からの付き合いでな。それで、毎回事あるごとに色々と頼まれているんだ。以前は劇や朗読会などとやっていたんだが、それだけではなく、何か別のことをしたいと思っていてな」
「それで、手品か」
確かに、手品は子供受けがいい。何せ、邪心がほとんどない。だからこそ、手品を見れば、素直に驚く子が多いのだ。
「まぁ、そりゃ委員長には色々と助けられてるから、それくらいの交換条件は構わないんだが……大勢の子供の前で、だよな? ちょっと自信ねぇな……」
「安心しろ。何も、お前ひとりに全部押し付けるつもりはない。当日は俺も手伝うし、もう一人、助っ人も用意している。もしも何かあれば、俺達がフォローする。だから、そう心配するな」
「そうか……なら頑張ってみるか」
交渉成立。
こうして、篤史は幼稚園児たちに手品を披露することになった。
だが、しかしここで篤史は大きな見落としをしていた。いや、実際は確認のし忘れというべきか。
柊は言った。もう一人、助っ人を用意していると。それが一体誰なのか。彼は聞くべきだった。
何故ならば。
「―――で、何で山上君がここにいるのかな、委員長?」
手品を披露する当日。
やってきた助っ人というのは、ひきつった笑みを浮かべながら篤史を見る美少女―――霧島澄であった。
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