二十三話 作り物って分かっていても怖いものは怖い
『篤史さん。大丈夫ですか?』
「ああ……何とかな」
ベンチに座りながら、休む篤史。
ジェットコースターは苦手だが、唯一の利点はすぐに終わること。あれでもし、高いところにずっと停滞しているような乗り物であれば、きっと篤史はまともではいられなかっただろう。
「それに、スタンプをもらうには、あそこに行かなきゃいけなかったしな」
言いながら、スタンプカードを片手でひらひらとさせる篤史。
彼が無理をしてでもジェットコースターに乗った理由。その一つが、これである。七つのアトラクションを乗り、そこでスタンプをもらうと、帰りの受付で、豪華景品が入ったくじ引きをひくことができるのだ。
『メリーゴーランドにコーヒーカップ、ジェットコースターとちゃくちゃくとスタンプは集まってきてますね。これなら、三人分の抽選券を手に入れることは余裕かとっ!』
「まぁ抽選券が手に入ったところで、くじで当たりを引けるわけじゃないけど」
『むっ、何を弱気なことを言ってるんですか、楓さん。そこはもう大当たりを引く前提で行かないと。何事もやる気と根性があれば何とかなるんですから!!』
「いや、くじ引きにやる気も根性も関係ないだろ」
「全くだ。っというか、白澤。テレパシーの方は順調だな」
『ええ、おかげさまで。こんなに人が多くても、二人に対してならテレパシーを同時に送れるようになりました!』
などと、三人は普通に会話をしている。
彼女が自分で言ったように、既に友里は何の問題もなく、複数人に同時にテレパシーを送ることが可能となっていた。
「でも、あれだな。アタシと山上の間ではテレパシーはできないんだな」
『残念ながら。あくまでこれは、私がテレパシーを送ることが前提の能力なので。もっと練習すれば、可能かもしれませんけど……』
「そうかもな。まっ、とりあえず、今はこれでいいじゃねぇか。一応、三人で普通に会話ができるようになってるわけだし」
「だな。まぁ、これが普通かどうかは疑問だが」
恐らく、第三者の視点から見れば、やはりおかしな光景に見えるのだろう。二人だけが喋っており、一人は黙々しているというのに、何故か会話が成立している。
けれど、それでも今までのような不便さからは解放されているので、彼らにとってはとても良い状態になったと言えるだろう。
「それで? 次のアトラクションはっと……あん? マッドホラーハウス?」
『ああ、お化け屋敷ですか』
「…………っ!?」
瞬間、楓の肩がビクッと反応したのを、篤史は見逃さなかった。
「どうした、広瀬」
「い、いや? 何でもないけど?」
明らかにおかしな態度と口調。表情もどこかぎこちない。
それだけの要素があれば、大体のことは察することができた。
「あー……もしかして、お化けとか苦手か? だったら無理しなくても……」
「ばっ、だ、誰がお化け屋敷程度で怖がるかよっ!! 馬鹿にするなよなっ」
「いや、別にそんなつもりで言ったわけじゃ……」
先ほど、篤史のことを心配してくれたがゆえに、篤史も楓のことを心配した上での言葉だったのだが、どうやら素直に受け入れてもらえなかったらしい。
加えて。
『そうですよ。篤史さん。私たちをいくつだと思っているんですか? お化け屋敷といっても、それは人が作った偽物。本物ならいざ知らず、作り物と分かっているものをどうして怖がるというのですか。ほら、早く行きましょう!!』
などという能天気残念美少女が率先して進んでいくものだから、篤史も楓もそのまま彼女についていく他なかった。
そして三十分後。
『ぎゃあああああああああああああああああああっ』
篤史と楓の脳内に絶叫が響き渡っていた。
「ちょ、ば、お前、突然脳内で叫ぶなって、頭がくらくらするだろうが。っつか、女子が男に簡単に抱き着くな。色々とアウトだろうが」
『そんな一般常識的な話はどうでもいいのですっ!! 早くいきましょう、即いきましょう、さっさといきましょう!! ハリーハリーハリィィィィイイイイッ!!』
最早女としての常識など知ったことではないと言わんばかりに篤史の右腕に抱き着く友里。自分の胸とか肌と顔とか、そういう諸々が篤史の腕に当たっていることすら気づいていないだろう。そして、篤史もそれを指摘して、振り払おうとは思えなかった。
楓はというと。
「(ガクガクガクガクガクガク)」
こちらはこちらで、言葉を無くし、絶望しきった顔で篤史の左腕に抱き着いている。そして、同じく胸がこれでもかと言わんばかり篤史の腕に当たっているが、こちらもそれどころではないらしい。
二人とも、篤史の腕をがっつりホールドしている。これまた両手に花状態ではあるが、その力は全力であり、正直、かなり痛い。胸とか肌とかが当たって羨ましい、と思われるかもしれないが、しかしそんな感触がどうでもいいほどの圧迫感がある。そして、何より動きづらい。
(でもまぁ、確かにここのはよくできてるな……)
彼女たちがこれだけ怖がるのも無理はない。
巨大な館。そこにある様々なしかけ。真っ暗闇から唐突として現れるお化けや、一歩進んだだけで落ちる鏡や絵。進むごとに絶妙なタイミングで切り替わる不穏なBGM。そして何より、どこまでもリアルな小道具。
正直、驚かし方はベタではあるが、だからこそ、より恐怖を駆り立てている。
『ううぅ……まさか、たかが地方の遊園地のお化け屋敷がこんなに怖いなんて……』
「見事なフラグ回収だなオイ……広瀬も大丈夫か?」
「だ、だい、じょうぶじゃ、ない……じ、実はその、本当は、アタシ、も、もともと、こここ、こういうのが、苦手で……」
「いやそれは何となくわかってたけどよ、だったら何で無理してきたんだよ」
「そ、それはその……こ、この歳で、お化けが怖いのかって、思われたら、恥ずかしいってなって……でも、今めっちゃ後悔してる……」
だろうな、と心の中で呟く篤史。
しかし、彼はそれを馬鹿にはしない。彼とて、高いところが苦手であり、その醜態は先ほど晒した。人間だれしも苦手なことはあるもの。故に、彼女たちの行動を責めたりはしない。
けれど、それでもこのままではいけないこともまた事実。
「とにかく進むぞ。でなきゃ、いつまで経っても―――」
と、その刹那。
【バァッ!!】
『ぎゃあああああああああああああああっ』
「ぎゃあああああああああああああああっ」
絵画が突然壁から落ち、そこから現れたピエロの顔に、驚く二人。
そして。
篤史はそんな絶叫する二人の美少女を引きずるかのようにして進んでいったのだった。
ちなみに作者は一人でお化け屋敷に入って、一分もたたずにリタイアしたことがあります……。
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