二十二話 なんまんだぶつなんまんだぶつ
問題:次の内、作者が『したことがない』のはどれか
①一人カラオケ ②一人水族館 ③一人旅 ④一人遊園地
答えはあとがきで。
そんなこんなで週末。
三人は、約束通り、とある遊園地へとやってきていた。
「ねぇ、見てみろよあの三人」
「うっわ、何あれ。両脇の二人、めっちゃ美人じゃん」
「もしかして、三人デートってやつ? うわーめっちゃ羨ましいわー」
「まさに両手に花だな」
後ろに並んでいる若者たちが、篤史たちを見て、ひそひそと話していた。無論、その内容は耳に入っている。
確かに、客観的に見て、篤史は両手に花の状態だろう。中身がどうであれ、友里も楓も超が付くほどの美少女。そんな二人に挟まれていれば、誰だって羨ましいと思う。
無論、篤史とて、それを自覚してないわけがない。彼女たちが美少女であることも理解しているし、そんな二人と一緒にいる自分が一般的に見ればある種のハーレム状態であることも、分かっているつもりだ。
だが、しかし……残念なことに、今の彼はそんなことを気にしている余裕はなかった。
「なんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつ……」
先ほどの若者たちは遠い後方から、彼の後ろ姿しか見ていないがゆえに、のんきなこと言っていたのだろうが、前方、特に彼らの前にいる者たちからすれば、生きた心地がない状態だ。
何せ、顔を硬直させ、念仏を唱え続けるその姿は、ある種の修羅としか見えない。
「お、おい山上。お前、大丈夫か?」
『顔がいつもの数倍、やばいことになってますけど……』
「だ、だじょ、だいじょーぶ、だ。こ、こここ、これくらい、なんてことない……」
などと言いつつ、体を小刻みに震えさせているところから、全く大丈夫ではないことが察せられる。
『まさか、篤史さんが絶叫系が苦手だとは……』
現在、三人はこの遊園地で最も高いジェットコースターに乗ろうとしている。とはいえ、地方都市の遊園地。都市部にあるようなものと比べれば、そこまで高くはない。
けれども、だ。そんなことは篤史には関係がなかった。
「せ、正確に言うと、高いところが、苦手なんだ……」
『そうなんですか?』
「そりゃまた意外な弱点だな。じゃあ、飛行機とかは?」
「普通に無理だ……というか、何で皆あんな鉄の塊に乗ろうとするんだ? 墜落したら絶対に死ぬんだぞ? 助からないんだぞ? なのに平然と皆使ってるし。どうかしてるぞ」
「いや、流石にそれは言いすぎだろ……」
『こりゃ重症ですね』
などと言われながら、しかし篤史は反論しない。というかできない。それだけ、今の彼は緊張していた。
「っていうか、本当に無理なら、別に付き合わなくていいぞ?」
『まぁ私個人としては、とても面白いのでもっと見ておきたいですが』
こちらを思って心配する楓と自分の好奇心を隠さない友里に対し、篤史はぎこちないながらも首を横に振った。
「さ、流石にここまできて、そ、それはないだろ。それに、お、男の俺一人が下で待ってるとか、そ、それこそ、男が廃るってもんだろ……」
それに。
「と、友達と……こういうことするのは、無かったからな……もう覚悟は決めてる」
小さい頃、親と何度か遊園地には来たことがあった。しかし、友達となれば話は別。こうやって、ジェットコースターを乗る前に緊張したり、それをからかわれるなんてことは、今までになかったこと。
それがちょっと、嬉しいと、篤史は思っていた。
思っていたのだが……。
「―――って、何で一番前になってんだよぉぉぉおおおっ!?」
ジェットコースター、その一番前の席で、篤史は叫んでいた。
「仕方ないじゃん。順番なんだから」
『そうですよ篤史さん。もう覚悟は決めてるって言ったんだから、今更だだ捏ねないでください』
仰る通り。
そもそも、遊園地の乗り物、特にジェットコースターなどは順番制であり、混雑している時は個人が勝手に決められるものではない。
そして、だからこそ、これは二人がわざと一番前の席を選んだわけではなく、完全なる偶然。つまりは、神の嫌がらせである。
けれど、それでも篤史は未だに叫んでいた。
「いや待てちょっと待って待ってください!! そりゃ覚悟決めたとは言ったけど、それでもこれはないだろ!! せめて、せめて真ん中にしてくれよ!!」
「はいはい。それじゃ、アタシと白澤の間に座れって」
『よかったですね篤史さん。これこそまさに、両手に花ですよ』
このジェットコースターは三人一席。そして、篤史は友里と楓の間に挟まれながら、席へと誘われる。そして、未だ抵抗を続ける彼に死刑宣告をするかのように、安全バーが下ろされた。
そして、ついに動き出し、どんどんと昇っていくジェットコースター。
「え、ちょ、ま、マジで待てって落ち着けって!! とりあえず、話を聞いてくれ、交渉しよう。それからでも遅くはな…………ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
などと。
篤史の言葉は一切届かず、彼はそのまま絶叫しながら落下していったのだった。
前書きの答え:③一人旅
つまり、そういうことです。
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