二十話 悪役令嬢だのざまぁ展開だのは一部の人にしか分からない
「―――ん? でも待って。ちょっと思ったんだけど……なら、楓ちゃんの元婚約者はどうして家出なんかしたのかしら?」
ふとした真の言葉。
しかし、言われてみればそうである。楓の家よりも、もう一方の家との条件が良かったからこそ、二宮家はそちらを選択したのだ。
だというのに、何故、元許嫁が家を出ることになってしまったのか。
「あー……実はさっきの話にはまだ続きがあって」
「続き?」
「実は、アタシがいなくなった後、彼女の方の大企業が物凄い経営難に陥って、会社がつぶれたみたいなんです。それで、アイツと彼女の婚約関係は無くなっちゃったらしくて」
『えっ、何ですかその速攻すぎるざまぁ展開は』
失礼ながら、篤史も同意見だった。楓がいなくなって、これからだという時に、経営難に陥って会社が潰れる……不運にもほどがあるだろう。
というよりも、だ。
「ってか、何度も婚約が無くなったりとかして、その元許嫁の家は大丈夫なのかよ」
「そりゃ大丈夫じゃないだろうけど、会社が潰れちまった相手の娘と結婚させるわけにはいかなかったんだろうよ。まぁ、それは家の事情で、本人たちは好きあってたから、相当もめにもめてたらしいけど」
それはそうだろう。
家はともかく、当人たちは自分たちの意思で好きになり、婚約者になったのだ。だというのに、それがいきなりなくなったとなれば、もめないわけがない。
「それが原因で、その元婚約者は家を飛び出した、と」
「多分、そうじゃないかと思う」
「なるほど……とはいえ、まぁ今の話からすると、確かにその元婚約者がお前のところに来るのは、ちょっと考えられないな」
「だろ? だから春奈ちゃんには悪いが本当にアタシも居場所は知らないんだ」
その言葉は真実だろう。
というか、だ。そもそもその元婚約者が、楓のところに来る理由は全く分からない。来たところで、一体何をどうするというのか。
と、篤史はそこで、一つの疑問を口にした。
「なぁ、広瀬。話を聞く限りだと、何というか、お前の場合、婚約破棄というか、婚約解消って気がするんだが?」
いや、話からして、一方的に婚約を無くされたのだから、破棄と言ってもいいかもしれないが、しかし楓も実際のところは、婚約を無くすこと自体はそこまで問題視していないようにも思えた。
ならば、親同士で揉めた故の破棄という意味なのか、とも思われたのだが。
「あー、まぁそうだな。親同士の間でも、話し合いで解決したし、事実上は確かに婚約解消って形なんだが……何というか、婚約を無くす時に、アイツに『君との婚約は破棄させてもらう』って直接言われたから……」
『えぇ……そこで、解消させてもらうじゃなくて、破棄させてもらうって断言するとこを見ると、その元許嫁さん、結構頭がハッピーなお花畑になってますね……』
『それに関しては同感だ』
篤史には上流階級の社会というのがいまいちわからない。
だが、それでも婚約を解消する、という行為が様々な方面に迷惑をかける行為であることは理解できる。しかも、それが「好きな相手ができたから」という超が付く程の個人的な理由。普通ならば、婚約者に対し、申し訳ない気持ちがあるのは当然で、謝罪するというのが筋だろう。
だというのに、一方的な上から目線での婚約破棄宣言。
その事実だけで、相手の元婚約者が、あまり篤史の好ましくない相手であるというのが察せられた。
だがしかし。
「まぁ、でも、何というか……二人の婚約が無くなったって聞いた時は、ちょっと可哀想とは思ったけど」
自分を切り捨てた相手に対し、楓はそんな言葉を口にしたのだった。
「えっ、ちょっと待って楓ちゃん。何で貴方がフォローしちゃうの? そこはもっとこう、『ふっ、アタシ以外の女を選んだからだザマァみろッ』って思うところじゃない」
真の言葉に、友里もうんうんと頷きながら同意する。
「まぁそうなのかもしれないんですけど。正直、アタシ、アイツと結婚したいとは思ってませんでしたし。逆にアイツはアタシのこと、親が勝手に決めた相手だってことで毛嫌いしてましたし」
「だったら……」
「でも」
と一拍置いた後。
「でも、アタシ、あの二人が本当にお互いのこと、想いあってるって、知ってましたから。本当に好きなもの同士が誰かの勝手で引き裂かれるのって……やっぱり、可哀そうだなって思っちゃうんです」
その横顔が、どこか哀しげだったがために、篤史たちはなにも言葉を返せなかった。
好きだったわけじゃない。愛していたわけでもない。ただの知り合い程度の間柄。
けれども。
それでも、本当に愛し合っている誰かが引きはがされるという事実が、楓の顔を曇らせていたのだった。
『……それにしても、まさかネットで話題の悪役令嬢展開が実際に起こっているとは。いやはや、事実は小説より奇なり、ですね。しかも、婚約破棄からのすぐさま転落状態。流れるような、ざまぁ展開ですね』
『いや、悪役令嬢展開だのざまぁ展開だの、一部の人間にしか分からないたとえを出すな。ただの不運が重なっただけだろうが』
そう。これは不運と不運が重なった結果。
たまたま、楓の婚約者に好きな人ができて、その相手がたまたま楓の家よりも景気が良く、そしてたまたま楓の婚約が無くなった後にその相手の会社が景気が悪くなっただけ。
これは本当に偶然であり、ある種の奇跡。
そのはずなのだから……。
面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・ブクマ・評価の方、よろしくお願い致します!