七話 嘘から出た真
「で? これは一体どういう状況だ?」
デパートを歩きつつ、篤史はそんな問いを投げかけた。
ここは学校近くの駅前デパート。街中ではかなり大きめであり、ここに来れば、大体のものは手に入る。
『どうもこうもありません。買い物ですよ、買い物』
「だから、どうして俺とお前が買い物することになってんだよ」
『いやだって、さっきの話の流れだと、買い物に行かないと不審に思われるじゃないですか。だったら、本当に買い物しに行けば、誰も文句は言えないかと』
それはまぁ、確かにそうではある。
最初は出まかせだったとはいえ、それを実際に行動するとなれば、それは最早真実そのもの。仮に、ここまで誰かが尾行してきても、彼らがこうしてデパートまでやってきたのを見れば、篤史が言ったことが嘘だとは誰も思わないだろう。
「別にそこまで徹底しなくても……」
『むっ。何ですか篤史さん。私と買い物するの、嫌なんですか?』
「いや、そもそもお前がこういうことを嫌がったから、俺が出張ることになったわけなんだが……これじゃ元の木阿弥じゃね?」
『いやいや。あの連中とどこかに出かけるのと、篤史さんと出かけるのじゃあ、天と地、いえ、宇宙とミジンコ並みの違いがあります』
「たとえのスケールが滅茶苦茶大きくなったな……」
そこは素直に喜ぶべきなのか、それとも彼女が持つ、彼らへの偏見が強すぎると思うべきなのか。
「……はぁ。それで? どこに行くんだ?」
『え……本当に付いてきてくれるんですか?』
「おいこら。今しがた、そういったのはお前だろうが。それに、だ。頼まれたからとはいえ、買い物に行くって嘘をついたのは俺だ。なら、その責任は取らなきゃな」
助けを求められ、それに応じた。ならば、その面倒は最後まで見るのが筋というもの。故に、これは当然のことであり、何もおかしなことではない。
だというのに、常に無表情である友里の顔が少しだけ変化したように見えた。
具体的に言うと、目がほんの僅か、見開いたかのように。
しかし、それも刹那のこと。
すぐさま、いつものような無表情に変わりつつ、友里は言葉を心に投げかけてくる。
『じゃあ、とりあえず、傘を買いに行きますか』
*
どうやら、偶然にも友里はとある傘を欲しがっていたらしい。
ゆえに、この際だから一緒に買いにいこう、という流れは、篤史にも理解できる。
だが、問題なのはそこからだった。
「……なぁ確かに俺達は傘を買いにきたわけで、それもお前の傘だ。どんな傘を買おうと俺は別に何もいうつもりはなかったんだが……本当に「これ」でいいのか?」
と、篤史は買ってきた傘を渡しながら疑問を口にする。
そんな彼の反応を見て、友里はやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
『ふっ、篤史さんも所詮は他の連中と一緒、というわけですか。私がこういうのを買うのがおかしいと?』
「いや、そりゃどんな傘が好きなのかだなんて、個人の自由だが……日朝ヒーロー物の傘は流石にどうかと」
そう。友里が求めていたのは、先日から彼らがやっているゲームであり、日曜朝にやっている特撮ヒーロー『鬼面ヤイバー』の傘だった。
無論、これは子供用のものであり、大人が買うようなものではない。というか、サイズも小さいため、高校生である友里が使うことはできないはずだ。
『別に使いはしませんよ。そこらへんの配慮はあります。これは、ただのコレクションですから』
「そうかいそうかい。なら、今度から会計の時も自分で持っていけよ。恥ずかしいからって、人に金を持たせて、代わりに買わすんじゃなくて」
『うっ……そ、それを言われると返す言葉がありません……』
視線をずらしながら、そんなことを心の内に漏らす友里。まぁ、どんなに好きなものでも、羞恥のせいで買いづらいものというのは存在するものだ。特に、オタク関連であれば、山のようにある。
とはいえ、既に買い物は済ませた二人は、帰路につくため、デパートの中を歩いていた。そんな時、ここでまた、友里の愚痴が始まる。
『それにしても、迷惑な連中です。テストが終わった途端に遊びに誘ってくるとは。油断してました。明日からは話しかけられる暇などないくらい、速攻で帰宅してやります』
「迷惑という意味では、俺にとってはお前が当てはまるがな」
『それは……まぁ、そうですね。すみませんでした』
皮肉の一つや二つ、いってやろうと思っていたのだが、あまりにも素直に謝られたので、篤史は思わず、何も言葉を返せなかった
そんな彼を他所に、友里の言葉は続いていく。
『でも……私、陽キャって人種がどうにも苦手なんですよ。特に、今日来たあの人達とか』
「あの人たちって、今日遊びに誘ってたやつらか」
『遊びに誘うのは、まぁ千歩譲っていいとしましょう。でも、それは当日言うことじゃないでしょう? しかもごり押しでお願いしてくるとか。こっちの都合全く無視してたじゃないですか』
「まぁ、それくらいのことしなくちゃ、お前を誘えないと思ったんじゃねぇの?」
『だとしても、です。こっちにもこっちの都合があるんですから、そこは配慮するべきでしょう? なのに、まるで私が自分たちと遊びに行くのは当然、みたいな態度で……しかも、篤史さんにあんな態度までとるなんて、ほんっと、どうしてアレでクラスのカーストトップなんですかね。正しく、世界の謎です』
篤史も、そこについては大いに同意だ。
しかし、それを一々考えても仕方ないというのは、随分と前に悟っているので、彼は何も言わない。ルックスやら能力やら、それから人付き合いやら、恐らく色んなものが要因となっているのだろうが、そのどれが重要かと言われれば、一概には言えないのだから。
『……いえ。それを言うのなら、私もですね。こっちの勝手な都合で篤史さんを巻き込んでしまったわけですし』
「そうだそうだ。もっと自覚して反省しろ」
『……そこは「別に、そんなこと気にしちゃいない」とかいう場面では?』
「俺がそんなに気が回る男だとでも? だとしたら、お前の目は節穴だ」
篤史の言葉に、ジト目になる友里だったが、大きなため息を吐いた後、改まった言葉を伝えてきた。
『何にしても、篤史さん。今日はありがとうございました。このお礼は、いずれまたさせてもらいますので。あっ、でも、その……できれば、やっぱり、裸エプロンはNGの方向でお願いしたいのですが』
「自分で提案しておいて、今更それか。ってか、そんなの頼まねぇし」
いやまぁ、友里はルックスやらスタイルは抜群だ。興味が全くないというわけではない。
だがしかし、それとこれとは話が別であり、そもそもそんなことをされても篤史は困るだけである。
なので。
「ま、礼っていうんなら、とりあえずこの後、何か奢ってくれ。それでチャラにしようぜ」
『え? そんなんでいいんですか』
「そんなもんだろ、友達の頼み事の相場っつーのは」
『……、』
「おい何だ。俺に友達って言われたのが、そんなにショックだったか?」
『いえ、そんなことはありませんし、何でそういう考えに至るんですか。篤史さんも、大概ボッチ気質が半端ないですね』
「うるせぇ。お前だけには言われたくねぇ」
篤史の言葉に、心の中で『くすくす』と笑った後、友里はほんのわずかな笑みを浮かべた。
『では、おいしいカツサンドとかどうです?』
「おっ、いいねぇ。んじゃ、それで」
『分かりました。じゃあ、店まで案内しますね』
心の中で呟きながら、友里は篤史を案内していくのだった。
ちなみに。
「……すげぇ。相手が全く言葉を口にしてないのに、何か会話が成立してる」
「あれかな? 心が通じ合ってるから、相手の思考が分かるってやつ?」
「何にしても、変わった『カップル』だなぁ。俺もあれくらい以心伝心できるようになれるのかな?」
などと。
奇妙な勘違いをされていることに気づかない二人なのであった。
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