十八話 婚約破棄=悪役令嬢という風評
『いや~、まさか楓さんが悪役令嬢モノの出身だったとは、私ビックリです。いや、実際、何かあるんだろうな~とは思ってましたが、まさか悪役令嬢とは……』
『うん。とりあえず、お前は一旦落ち着け。というか、婚約者がいただけで、なんで悪役令嬢決定なんだよ、ちょっとひどくないか?』
『大丈夫です。私が言う悪役令嬢は、あくまで「悪役的ポジションだけど、いつのまにか主人公的ポジションになったご令嬢」という意味ですから』
『今の言葉のどこに安心すればいいんだよ。っつか、ますます意味が分からねぇよ……』
などとツッコミを入れる篤史は、直接口ではなく、テレパシーを行っていた。
流石にこの状況でいつもの一方的な会話(第三者視点)はまずいだろう。そう思っての脳内会議だった。
『でも、真面目な話、婚約者がいるって、今時珍しい話ですよね。っというか、婚約者がいるってことは、もしかして、楓さんの家って、かなりのお金持ちの家とか……?』
『どうだろうな。だとしたら、金がなくて、直接メイド喫茶に行けなかったってことにはならないと思うが』
『あっ、確かに…………もしかして、あれですかね。実は楓さん、ご両親とは血が繋がってなくて、彼女が持つ財産を義理の両親が奪い取ってて、それで彼女には一切お金が入っていないとか……』
『どこの昼ドラ展開だよ。っていうか、お前のその発想、どこから出てくんだよ。マジで怖いわ』
相変わらずの独特な世界観に、篤史は色んな意味を込めた溜息を吐くほかなかった。
「ごめんね、春奈ちゃん。待たせて」
「いえ、こちらこそ、突然おしかけてしまってすみません」
既に客はほとんどおらず、ガラガラの状態になった頃、楓はようやく厨房から出てきた。篤史たちはというと、流石に立ち会うことはできないと判断し、カウンター席から耳を立てていた。
「でも、よくここが分かったな」
「ええ、色々と伝手を使いまして……」
『色々な伝手って……何か、意味深ですね』
『それはそうだが、とりあえず、今は黙って聞くぞ』
いや、実際に声に出しては喋っていないので、黙ってはいるのだが。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「その…………兄が、こちらに来ていませんか?」
刹那。
その言葉に、楓の手が一瞬硬直したのを、篤史は見逃さなかった。
「……どういうこと?」
「実は兄が先日、家を出まして。あの一件以来、兄は父と母とも仲が悪くなる一方で……この間、またそのことで大げんかし、その際に家を出て行ってしまい……くまなく探しているのですが、一向に行方が分からないんです。それで、もしかしたら、楓さんのところに来ているのでは、と思いまして」
『兄……つまりは、楓さんの元婚約者、という意味でしょうか。いや、それにしても家出して元婚約者のところに来るとは正直思えませんが』
『まぁ、そりゃそうだな』
未だよく事情は分からないが、しかしそれでも家出して、元婚約者のところに来る男がいるのだろうか。
元婚約者。つまりは、婚約がなくなったということ。何か問題があってのことなのだろうが、それを知らない篤史たちには、何をどうこう言えた義理でもない。
だからこそ、彼らは話の続きを聞くほかなかった。
「…………来てないよ。っというか、アイツとはあの件以来、連絡とってないし。それに、誰かを頼るにしても、アタシのところにだけは来ないだろ、アイツは」
苦笑しながら、そんなことを言う楓。
しかし、どうしてだろうか。篤史には何故か、その笑みが、とても痛々しいものに見えたのだった。
「分かりました。すみません。お時間をとらせてしまい、申し訳ありません」
「ううん。アタシの方こそ、何も答えられなくてごめん」
「そんな、楓さんに謝られるようなことは……むしろ、謝るべきなのは、私たちの方で……」
「いいよ、春奈ちゃん。もう終わったことだし」
「そうですか……あの、その……私が言える立場ではないですが、何か困ったことがあったら、いつでも言ってください」
「うん。ありがとう」
そう言って、短い会話は終了。
春奈は楓、そして店長である真に一礼した後、そのまま店を後にする。
ほんの少し、本当に少しの間だけの会話。だというのに、それが一気に場を気まずいものへと変化させてしまった。
そんな中、真が楓に話しかける。
「ええと、楓ちゃん、大丈夫?」
「え……ああ、大丈夫ですよ店長。問題ないです」
「そう……それで、さっきの子は一体……婚約者がどうのって言ってたけど。ああ、言いたくなかったら、無理に言わなくてもいいのよ?」
真の言葉に、しかし楓は首を横に振った。
「……いえ。店長には、話しておきます。山上と白澤も聞いてくれ。友達のアンタらには、聞いてもらいたいし」
そうして、楓は自分の身に起こった出来事を語っていくのであった。
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