十六話 友達と遊びに出かけるならどこでも楽しいもの
「うっぶ……」
「おいおい。大丈夫かよ」
「大丈夫か大丈夫じゃないかと言われたら、結構大丈夫じゃない……」
メイド喫茶からの帰り道、楓はずっとお腹と口を押えたままの状態だった。当然である。彼女もなんだかんだで、十皿以上のスイーツを口にしているのだ。これで何ともないわけがない。
……いや、二十皿以上食べてケロリとしていた例外はいたが。
「け、けど、目的のモノは手に入ったから、全く後悔はしてないけどなっ!」
と言って、彼女が取り出したのは、一枚の写真。
そこには、楓とメイが互いの手でハートマークを作った姿が写っていた。
「よかったな。まさか白澤が撮影権利を放棄するとは」
「ほんとほんと! アタシも聞いた瞬間、『え、マジ?』って一瞬頭が真っ白になったしっ!! いやぁ、あいつホント良い奴だわっ!! それから、あの早坂って奴も撮影権利を譲ってくれたし!! 全く、メイドオタクは最高だぜ!!」
友里はメイド特製お菓子のみを手にし、撮影権利については二位以下の人に譲る、と言ってそのまま去っていった。
そしてそこから、二位同士の戦いが開幕……かと思われたが、『新人にしては中々だ。今日はお前に譲ってやる』と言って、早坂も撮影権利を放棄。
結果、残った楓が撮影権利を獲得したのだった。
「でも、だったらあいつ、何のために来たんだろうな?」
「さぁ……もしかしたら、本当にただスイーツを食べに来ただけなんじゃないか?」
そんなことはあり得ないだろう……と言いたいところだが、何せあの友里である。そんなことがあり得てしまうのが、あの残念妖精が残念である所以なのだ。
しかし、だ。もしもの可能性として他にあげられるとするのなら。
(最初から広瀬に譲るつもりだった……なんてのは、考えすぎか)
確かに、友里には今日、自分たちがメイド喫茶に行くことは教えていた。だから、タイミング良くこれた、というのも理解できる。
しかし、これはあくまでも推測。故に、これ以上考えることはやめにしよう。
「それにしても、今日もメイちゃんは大天使だったなーっ。いや、本当可愛すぎるでしょ、あの子。はぁー、ホント生まれ変わるなら、アタシ、メイちゃんの同級生になりたい……」
「そこは家族とかじゃないんだな」
「いやいや、家族だと距離が近すぎるし。その点、同級生なら、適度な距離で、毎日メイちゃんを眺めていられるじゃんか!」
「友達になるとか、仲良くなるとかじゃなくて、眺めるという言葉が出る時点で、お前もやっぱり残念なんだな」
聞きようによって、ある種ストーカーのそれっぽく感じるのだが、まぁそこは敢えて触れない。それだけ熱烈なファンだ、ということにしておこう。今のところは。
とはいえ、だ。
「まぁ、お前の言う通り、あの子はいい子だな。俺なんかに対しても、笑顔で接客してくれたし」
「え、いや、それはどのメイドの子もするじゃん……」
「いやいや。俺だぞ、俺。客とはいえ、こんな強面野郎のことまで気にしながら、接客するとか、普通に最悪だろ。その点、彼女は嫌な顔一つせず、接してくれたし、確かに天使だわな」
「……なんだろう。今一瞬、山上の暗い部分を垣間見た気がした」
何故だろうか、篤史は今、楓から哀れみのような視線を感じた。
それからも、彼らは今日あった出来事を語り合いながら、帰路につく。
そして、そんな中。
「…………あのさ」
「? 何だよ」
「いや、その…………今日はありがとな。奢ってくれて」
ふと、突然にそんなことを言われ、篤史は一瞬言葉が詰まってしまう。
「……別に構わねぇよ。これでお前の禁断症状が抑えられるなら。ってか、本当に行くなよ? これで透明化して勝手に行ったらマジで怒るからな」
「行かねぇーよ。流石にここまでしてくれたら、アタシも自重するっての」
「どうだかなー」
「行かないって言ってるだろ! 全く……」
と少し不貞腐れる楓。
しかし、それも少しの間だけ。楓はすぐに、どこか不思議そうな顔をして、言葉を続ける。
「けど……なんでここまでしてくれるんだ? 前にクラスメイトだからとか、超能力者同士だからって言ってたけど、それでも、金払ってまで付き合ってくれるなんて……山上にメリットないじゃん」
「そうでもないぞ。俺、ああいう場所は嫌いじゃないし。ああ、とは言っても、お前のようなガチ勢にはなれないが、それでもちょっと暇なときにいく分には、いいかなと思っただけだ」
それはお世辞とか、嘘などではない。メイド喫茶のあの雰囲気。確かに最初は圧倒されていたものの、しかし決して悪いものではなかった。
仕事とはいえ、誰かが自分と一緒に喋ったり、遊んでくれたりする。そういう空気を、篤史は好ましいとさえ感じることができたのだ。
加えて。
「それに、だ。友達とどこかへ遊びに行くのは、俺にとってはいつでも楽しいもんだからな」
それはある種、くさい台詞だと言えるだろう。
けれど、それが篤史の今の思いなのだから、仕方がない。
「……お前って変わった奴だよな」
「いやお前と白澤にだけは言われたくないぞ」
その点についてだけは、全力で否定する篤史。
そんな彼を見て、楓は小さく笑みを浮かべた。
「……そっか。友達って、こういうもんなんだな」
「? どうしたよ」
「いや、アタシってつくづく『友達』がいなかったんだなって思ってな」
「???」
友達がいなかった、という意味あいなのだろうが……何故だろうか。篤史には、また別の意味にも聞こえたような気がした。
しかし、それを確かめる暇はなく。
「それじゃ、アタシはこの辺で。また明日な、山上っ!」
「お、おう」
そう言って、笑顔で手を振って、楓は颯爽と去っていく。
それに対し、篤史もまた手を振りながら。
「…………何だったんだ、今の違和感」
消えていくその後ろ姿を見つつ、そんなことを呟くのであった。
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