十四話 変装するなら帽子とマスクとグラサンで
そんなこんなで、休日がやってきた。
約束通り、篤史は楓と二人、メイド喫茶にやってきていたのだが……。
「―――っと、わーっ、ご主人様、すごいですっ、またルーレットが十出てます。マス目はっと……あっ、宝くじがあたって、一億円をもらう、ですって! 今日のご主人様は本当にツイてますねっ!」
「そ、そうかな……えへ、えへへへ……」
とメイと人生ゲームをしている楓は、完全に鼻の下を伸ばしている。
完全に二人の世界に入っているため、篤史はそれをそっと眺めながら、ジュースを飲んでいる状態だった。
傍目から見れば、どんなカップルよりもいちゃついているように思える。いやまぁ実際のところ、本人もそのつもりで遊んでいるのだろうが。
しかし、幸せな時間もそんなに長くは続かないのが世の常。
「あっ、もうこんな時間、ごめんなさいご主人様、私、イベントの準備に行かないと」
「イベント?」
「はいっ! 今日は月に一度の特別イベントッ!! 大食い大会!! 今回はウチのスイーツをなるべく多く食べたご主人様にはご褒美がでまーすっ!!」
「ご、ご褒美って……?」
「御指名いただいたメイドからの手作りお菓子と、同じく御指名いただいたメイドと一緒に写真を撮れる券でーすっ。さらに、特典として、メイドはご主人様の好きなメイド服を着て写真をとることになりますっ」
「出場します。大会はいつからですか?」
迷いない返事は、ある種清々しいものだった。
そして、その瞳も何故かキラキラと輝いているのは、篤史の気のせいだろうか。
「即答だなおい」
「いや当然でしょ。大天使メイちゃんと一緒に写真撮れるとか、そりゃ出るしかないでしょ」
何を馬鹿なことを言ってるんだ的な視線で篤史を見る楓。
しかし、そんな彼女に声をかけたのは、篤史ではなかった。
「―――はっ。随分と威勢がいい奴がいるな。もう勝った気でいるとはな」
男の声。しかし、篤史はその声音に少々まゆをひそめた。
知っている声……正確に言うのなら、聞いたことがある男の声だった。
そして、振り返ってみると、そこには。
「お前は……」
「っ!? テメェは……!?」
予感的中。
そこにいたのは、篤史が最近、見たことがある男。しかし、友達や知り合いなどではない。どちらかというと、被害者と加害者になりかけた関係、というべきか。
そう、そこにいたのは、廃工場で篤史をリンチしようとしていた男。
名前は確か……。
「乃木坂大河」
「早坂だよっ。ってか、何でお前がここにいんだよ!!」
「色々と事情があってな。お前の方こそ……っていうのは野暮な話か」
あの時、柊の口から出た情報で、彼がメイド喫茶に通っていたことは篤史も覚えている。あの一件があった後も来ているところからして、相当通っているのだろう。
「お前も大食い大会に出るのか?」
「当然だっ。俺は毎月、これに勝って、マミちゃんと写真をとることを目標としてきてるんだからなっ!! ちょっと最近常連になりつつある奴に、負けてたまるかよっ」
と不良とは全く思えない発言。
あの時のちょっと頭のイカれたヤンキーは、一体どこへ行ってしまったのか。
しかし、その発言に火がついたのか、楓は早坂に対し、視線を向けた。
「ハッ。上等だよ古参。アタシのメイちゃんへの愛を、その目に焼き付けてやる」
「おう、やってみろ新入り。こっちこそ、マミちゃんへの情熱を、テメェにたたきつけてやる」
両者互いに視線をぶつけ合う姿は、まさしくヤンキー同士がガンつけあう有様。
……まぁ、その原因たる内容は、まったくヤンキーらしからぬものではあるが。
と、そこで篤史は一つの疑問を口にする。
「白熱してるとこ悪いんだが……早坂。お前、さっきの言い方だと、お前一度もメイドと写真撮れてねぇのか?」
「ばっ、ちっげーよっ。ただこの大会で優勝したことがないってだけだっ!! いつも『あの野郎』のせいで、俺は二番だからな。今日こそ、『あの野郎』を超えて、俺が一番になるっ!! そして、マミちゃんとのラブラブツーショット写真を手に入れるんだ!!」
力説する早坂は、もはや楓と同じオタクの領域に入っていた。
最早、その点についてツッコミをいれない篤史。もう彼も立派なメイドオタクであると認めざるを得ないだろう。
なので、口にしたのは別の事柄。
「『あの野郎』っていうのは一体どんな奴なんだ?」
「そいつは―――おっと。噂をすれば、どうやら来たみたいだぜ」
早坂の言葉と同時、メイド喫茶の入り口が開く。
「あいつこそ、この喫茶店の大食い大会の連続覇者―――グラさんだっ!!」
などと。
堂々と紹介する早坂であったが、篤史と楓は正直、その言葉が耳に入っていなかった。早坂の言葉よりも、メイド喫茶に入ってきた人物に色々と思うところがあったがゆえに。
「いや、あれどう見ても……」
「ああ。あれどう見ても……」
と、二人は各々、驚き半分、呆れ半分の顔つきになっていた。
それもそうだろう。
何せ、そこにいたのは。
「「何やってんだよ、白澤」」
そこには帽子をかぶり、マスクとグラサンをかけた友里が、まるで城に凱旋した将軍のように立っていたのだった。
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