十二話 オタクのスイッチの入り方は色々である
楓のバイトが決定したものの、正式な雇用は後日改めてとなり、その日はお開きとなった。
そして、篤史と楓は一緒に帰路についていたのだった。
「しっかし、正直意外だった。まさか、広瀬があんなに料理がうまいとはな」
偏見と思われるかもしれないが、事実篤史は楓の料理があそこまでの域にあるとは思いもしなかった。
「まぁ、料理は昔から作れる方だったし、何なら家の料理も私がしてることがあるから」
「いやいや、家事やってたからって、あの味はでねぇよ。プロだよ、プロ」
「そ、そんなにいうなよ……褒めても何もでねぇぞ」
頬を赤く染め、視線を外しながら、楓は呟く。
……が、それも少しの間だけで、また視線を篤史へと向けてくる。
「山上」
「ん? 何だよ」
「その……今回はマジで助かった」
などと。
あまりにも唐突なその言葉に、篤史は一瞬呆気にとられたものの、すぐさま小さな笑みを浮かべた。
「礼なら白澤に言っとけ。バイト紹介してくれたのは、あいつなんだから」
「勿論、白澤にも明日ちゃんと言うけど……アンタがいなきゃ、アタシは多分学校に来てなかったし、バイトもしようとしなかったと思う。で、アンタがいなきゃ、白澤がバイトを紹介してくれることもなかったと思う。だから、その………………ありがと」
最後の言葉は、あまりにも小さなものだった。きっとあまりに恥ずかしくて、わざと小さくしたのだろうが、生憎と篤史はしっかりと耳にしていた。
「まぁ、経緯はどうあれ、俺らはクラスメイトになったんだ。それにあれだ、俺らは一応、超能力者同士だからな。これくらいのこと、助け合うのは当然だろ」
「そ、そっか……………あっ、でも、バイトの給料って大体一ヶ月後に出るよな」
「さぁどうだろうな。まぁ少なくとも、働いてすぐってわけじゃないだろ」
「……それまで、メイちゃんエナジーを吸収できないってことか……くっ」
オタクモードに入りかけている楓に、篤史は呆れながら、言葉をかける。
「おいおい禁断症状がーっ、とか言いながら、また透明化使っていくなよ?」
「い、行かないって言ってるだろ!! …………多分」
「おいこらそこは断言しろや」
「だ、だって、メイちゃんに一ヶ月も会えないと考えると、マジでへこむっていうか、元気がなくなるっていうか……」
と本気で気持ちが沈んでいく様子の楓。
篤史とて、その気持ちが全く分からない、というわけではない。彼女は現在、己が一番熱を入れたいものに熱を入られない状態なのだ。アニメオタクならDVDやブルーレイを全て取り上げられたようなものであり、ドルオタなら一ヶ月アイドルの姿も見れず、話すことも禁止の状態。自分が好きなものを我慢しなくてはならないというのは、誰しもきついもの。ましてや、オタクならば、尚更。
「お前、あのメイドの子のこと、ホント好きなのな。ん? ってか、ちょっと待て。お前少し前にこっちに来たって言ってたよな? じゃあ、あの子と会ったのも最近ってことか。っつか、もしかしてオタクになったのも、つい最近とか?」
指摘され、楓は一瞬肩をビクッと震わせた。どうやら図星らしい。
などと思っていると、次の瞬間、握り拳を作りながら、カッと目を見開き、楓はまるで何かを噴出するように口を開いた。
「なんだよそうだよオタク歴は未だに二ヶ月もたってねぇよ!! けどな、一目ぼれなんだよコンチクショーが。家を出て隣町でぶらぶらしてたら、ティッシュ配ってたあの子を見かけたんだよ。んで、可愛いなぁと思って試しに一回行ってみたらもうズブズブ嵌っていったんだよ!! あの子の声を聞いたり、暖かい手を握ったり、一緒に写真とったりして『また来てくださいね』って言われたら誰だって通うだろうがっ!! ああ分かってるよ気持ち悪いよなアタシ!! 女子なのに可愛い女の子目当てにメイド喫茶行くなんてよ!! でも仕方ねぇんだよメロメロなんですどうしようもないんですこれは!!」
完全にスイッチが入った楓は己のオタク心をぶちまけていく。
友里もそうだが、オタクという連中はどうも熱くなると、早口で自分の心を吐露したがるらしい。いや、篤史とてその毛があるので、人の事は言えないが。
しかし、だ。だからこそ、尚更彼女がメイド喫茶、というか、メイドのメイにドハマりしてるのは嫌でも分かってしまう。
「……仕方ねぇな。じゃあ今度の休みに、俺のおごりで連れてってやるよ」
「っ!? ほんとか!!」
「ああ。お前のバイト決定祝いだ」
「よっしゃああ!! ありがとうな山上!! お前神だわっ!!」
「へいへい……あっ、でも高いのとかは頼むなよ。男子高校生のお小遣い事情だって、切迫してんだから」
「分かってるって!! メイちゃん特製ラブラブキュンキュンデリシャスオムライスじゃなくて、メイちゃん特製ハートドキドキズッキュンカプチーノ頼むから!!」
「お前そういうところは白澤によく似てるのな」
などというツッコミは有頂天になっている楓には届かない。
こうして、篤史は次の休みに、楓と共にメイド喫茶に行くこととなったのだった。
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