六話 他人との会話は難しい
以上が、山上篤史と白澤友里の出会いと関係性である。
そして、一応友人のピンチ(彼女にとっては)に対し、助けを求められているのもあって、見て見ぬふりもできない篤史は、現在陽キャ達の視線の的になっていた。
無論、それらのほとんどが驚き。中には不快と言わんばかりのものも混じっている。
まぁ、それはそうだろう。何せ、今からクラスメイトを遊びに誘おうとしているというのに、邪魔しに入れば、当然の反応……なのだろう。多分。
だというのに。
『ナイスッ! 流石は篤史さん!! 誰もが恐れる強面フェイスです!! おかげでほら見てください。連中、目を真ん丸とさせて言葉を失ってますよ。ハッ、ざまぁ~』
『いや、何でそこでお前が勝ち誇ってんだよ……』
顔の変化はないというのに、心の中ではガッツポーズを決めていると言わんばかりの口調。そして、内容に関しては、もはや小物感満載である。虎の威を借るなんとやら、だ。
「な……何だよ山上。お前が白澤さんと先約があるだって?」
「ああ。そう言ったのが聞こえなかったのか?」
問いを投げかけてくる一人に対し、篤史は即座に返答する。こういうのは、迷ったりすれば、相手のペースになってしまう。故に、嘘であっても、強気な態度でいけば、案外話が通るものだ。
「じゃあ、その用事って一体なんだよ」
……訂正。どうやら、相手は一筋縄ではいかないようだ。
ここは「先約があるのかー、仕方ないなー」的な流れだと思っていた篤史であったが、現実はそう簡単にはいかない。
そして、その言葉に対し、予想外だと思っていたのは篤史だけではなかった。
『はぁ? 何言ってんですかこの人。何でそんなこと言わなくちゃいけないんですか? っていうか、そういうことを人に聞く時点でどうかと思うんですけど、そこのところ篤史さんはどう考えます?』
『俺に文句をたらたら言うな』
などと心の中で返しながら、篤史は先の問いに答えた。
「この前、雨が降った時に傘を貸してもらったんだがな。その傘を俺の不注意で壊しちまったんだ。その弁償もかねて、一緒に傘を買いに行こうって話になってたんだよ」
堂々と、篤史はそんな内容を口にした。
無論、そんなものは真っ赤な嘘。傘を貸してもらったことも、それを壊したことも、当然ない。この場で思いついた、咄嗟の出まかせだ。
『うわー。篤史さんも速攻で凄い嘘つきますね。しかも傘って。ちょっとセンスなさすぎじゃないですか?』
『誰のせいだと思ってやがる。っつか、センスって何だセンスって』
こんなものにセンスも何もあったものではない。というか、あってたまるものか。
しかし、ここでも物おじせず、自然体を装ったおかげか、どうやら篤史の嘘は信じられたようだった。
「はんっ。人に物を貸してもらっておきながらそれを壊すとか、なんともお前らしいな。しかも、それがよりにもよって、白澤さんの傘とか、どんだけ無神経なんだよ」
「お、おい。佐山」
先ほどから篤史に突っかかってくる茶髪の少年―――佐山の言葉に、いち早く反応したのは、またしても友里の方だった。
『いや、人を無理やり遊びに誘っている奴が言うセリフじゃないですよね? 無神経って言葉がめっちゃブーメランになってるの、この人気づいてるんですかね?』
恐らく、気づいていない。
というか、彼らにとって白澤を遊びに誘う行為は別段、悪いことだと思っていないのだろう。実際、傍から見てもそうである。悪い遊びに誘うのならともかく、放課後にカラオケしにいく程度は、高校生としては何ら問題のないことだ。
加えて、佐山が口にした内容も一理通っていたが故に、それを考慮しての内容を篤史は言う。
「傘を壊したのは事実だし、確かに無神経だったかもしれないな。そこは否定しない。だからこうして弁償しようとしてるわけだが……何か、おかしなところでもあるか?」
相手の意見を肯定しながら、だからこそ、という言葉を付け加えた上で、質問で返す。
ここでムキになったり、不機嫌になれば、それこそ相手の思う壺。故に、冷静になりながら、適切だと思う態度で臨む。
けれど。
「ま……まぁいい。けど、それは今日じゃなくてもいいだろ。俺達はこれから白澤さんと遊びに行くんだ。お前の用事はまた後日にしてくれ」
流石に、それに関しては予想外すぎた。
『はぁ~~~? この人なーに言っちゃってるんですか? さっき篤史さん言いましたよね? 先約してるって。それをさも当然とばかりに跳ねのけようとするとか、しかも本人の承諾も得ずに。ケッ、これだから陽キャって輩は。ホント、皆地獄を見ればいいんです』
友里の言葉は少々過激ではあったが、正直なところ、篤史も似たような思いだった。
陽キャ、というより目の前にいる佐山は、どうにも篤史とは折り合いが悪い。いや、この場合は、どうしても友里と一緒に遊びに行きたい、ということなのだろう、多分。
しかし、これはどう対処したものか……。
と篤史が悩んでいると。
「何をやっている?」
ふと、声がしたと同時に、そちらへと向く。
そこにいたのは、眼鏡をかけた長身の少年。目つきが悪い、というよりはキリッとしており、整えられた短い黒髪と、汚れやシミが一切ない制服から彼の性格が表れていた。
「柊……」
柊雪斗。
このクラスの委員長であり、この学校の風紀委員である。加えて言うのなら、全教科トップレベルの成績を叩き出し、スポーツ万能でもある秀才である。
「話は聞かせてもらった。その上で言わせてもらうが、先約があるのなら、そっちを優先するべきだろう。それこそ、遊びに行くことなんて、いつでもできるはずだ。それに……『嫌なこと』はさっさと終わらせておくべきだと思うが。後で面倒なことにならない内に」
さらりと篤史と買い物に行くことが嫌なことだと口にする雪斗。
流石に委員長兼風紀委員の言葉に反論することはためらわれたのか、佐山は何も言い返さない。だが、鬱憤が溜まっているのは明らかだ。
そして、そんな彼に対し、ようやく周りの連中が動く。
「佐山ー。白澤さんと遊びたいのは分かるけど、今日は流石にやめとこうぜ」
「そうそう。用事があるなら、それを終わらしたほうがいいし」
「委員長の言う通り、『嫌なこと』を後回しにしておくと、それこそロクなことにならないからねぇ」
「……分かったよ」
明らかに不機嫌だと言わんばかりの表情を浮かべながらも、どこか落ち着いた佐山は、そのまま「行こうぜ」と口にしながら、その場を去っていく。
そんな彼に、やれやれと言わんばかりの表情を浮かべて周りの連中もついていった。
その後ろ姿を見て、篤史は心の中でほっと溜息をつく。
どうやら難問は去ったようだ。
かと思っていると、柊がこちらの方に視線を向けて、口を開く。
「……騒ぎを起こすな。俺の仕事が増える」
「はいはい。そりゃすみませんでしたね。何分、俺は嫌われ者なもんで」
「おい」
と、小言が言われると思った瞬間。
「自分を必要以上に卑下するのは感心しないぞ。別にお前が悪いことをしたわけではあるまい。ま、もう少し穏やかに解決してくれれば、こちらとしてはありがたいが」
それは、少し予想外な言葉だったため、思わず篤史は目を丸くさせた。何せ、自分は不良で彼は委員長兼風紀委員だ。故に、もっときつい注意やら罵倒を浴びせられると思ったのだが、どうやらそれはいらない心配だったらしい。
そして、だからこそ、言わなければならないことある。
「……悪かった。それと助かったわ。ありがとよ」
先ほど、柊が割って入ってくれたおかげで、事なきを得たのだ。だからこその、感謝の言葉は当然のもの。
篤史の言葉に、しかし柊は何も言わず、その場を去っていった。
こうして、事態は一件落着。
あとはいつも通りに下校するだけ。
……の、はずだったのだが。
「……何でこんな状況になってるわけ」
何故か、友里と一緒にデパートへとやってきていた篤史は、そんな言葉をつぶやくのだった。
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