九話 何故、ベストを尽くしてしまったのか
「喫茶店?」
『はい。うちの父親、喫茶店を経営してまして。最近まで働いてたバイトの方が、結婚して遠くへ引っ越したので、人手を探してましたので』
「ふーん」
『うちの喫茶店、夕方になると混みますが、居酒屋とか程ではないですし、カラオケ屋程うるさくないですし、丁度いいかと思いますが』
「なるほど」
と納得する篤史。
しかし、一方で楓は篤史の袖をひっぱり、首を傾げながら、問いを投げかけた。
「? なんて言ってるんだ?」
「ああそうか。聞こえてなかったのか。実はな……」
と篤史は一通りの内容を楓に伝える。
「―――っというわけだが、どうだ?」
「えっと……本当にいいのか?」
楓の言葉に友里は小さく頷いた。
その後、何やらやり取りがあったのか、ちょっとした間があり、楓は「そっか」と呟く。
「じゃあ……お言葉に、甘えて……」
交渉成立。
そんなこんなで、三人は友里の家である喫茶店に行くことになった。
*
放課後。友里の喫茶店に向かっている途中のこと。
篤史は、ふと、あることに気が付いた。
「っつか、白澤。昼間に思ったんだが……いい加減、お前、喋ったらどうだ? 一対一ならまだしも、複数人だと、面倒臭くてしかたねぇ」
今までは友里と一対一でテレパシーのやり取りをしてきた。しかし、こうやって複数人となれば、あまりにも不便。
しかし、友里はというと、それを頑なに拒むのだった。
『いやいや、前にも言いましたが、私、人前で話すのは苦手なので』
「好きなものを喋ったり、怒った時はあんだけマシンガントークするくせによくいうな」
『あれは心のエネルギーが爆発した時ですから。言い換えれば、私が喋る時は、それくらいのエネルギーを使うのです。そんなことをしてたら、身が持ちません』
「どんな体の構造してんだよ……」
それが本当か嘘かはこの際置いておくとして、どうやら友里は絶対に普段は口を使って喋りたくないようだった。
そのことに呆れる篤史に対し、楓はまた首を傾げていた。
「あの……白澤はなんて言ってんだ?」
「ん? ああ、体力使うからあんまし、喋りたくはないんだとよ」
「そっか……ってか、それならテレパシーを送ったらいいんじゃないか?」
「それが、こいつの能力、一人にしか使えないんだと。だから、こうして一対一でしかまともに話すことができないらしい」
「あー、そういうことか……」
「そういや、聞いときたかったんだが、お前の能力って透明化だよな? 体とかは分かるが、着てる服とか荷物とか、どうやって透明にしてんだ?」
それはちょっとした疑問。
友里ではないが、しかし篤史も透明人間といえば、自分の体を透明にするものだとばかり思っていた。人の認識に齟齬を与える系の能力だと思ったが、しかし公園で見た限りでは、そういう類のものではなく、実際に体や衣類を透明にしている感じだった。
「アタシの能力はあれだ。正確に言うなら、自分の体に触れてるもの全般なんだ。だから、衣類とか荷物も消せるんだよ」
『ちっ、何というご都合主義な能力なんでしょうね……』
『都合がいいという点においては同意するが、何でお前はそこまで悔しがってんだよ』
未だ友里という少女が分からない篤史は、少々困惑していた。
などと考えていると、今度は楓の方が問いを投げかけてくる。
「そういうアンタは? 確か、匂いで超能力者を判別できるんだっけか」
「ああ。とはいえ、判別できるだけで、他には何のとりえもないけどな」
「いやいや、その匂いでアタシのところまでたどり着いた時点で凄いから。半径一キロ圏内だっけか。警察犬もびっくりだな」
「それはお前もだろ。衣服とかも一緒に透明にできるんだ。その気になれば、誰にも気づかれずに、どこにだって行けるだろ」
「そりゃ今だからだよ。昔はそこまで都合よくなくて、できても自分の体だけだったし」
『何ですと?』
と、そこにすぐに反応する友里。
それはまるで、唐突にエサを与えられた犬のそれだった。
『詳しい話を聞きましょう、篤史さん』
いや自分で聞けよ……と思いながらも、篤史も気になっていたので、そのまま自分で疑問を口にする。
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。最初はホント、自分の体だけ消すので精一杯だったんだけどな、それじゃ使い道ないなーと思って、練習したんだ。そしたら、透明にできるものの量が増えていって、今では服とか荷物まで消せるようになったってだけ」
練習したから。何とも当たり前の答えに、しかし篤史は納得していた。
人間、誰しも練習すれば、何事も上達するもの。走ったり、料理したり、仕事をしたり。そう考えれば、練習を積み重ねて、超能力の幅を広げるというのは自然なことなのかもしれない。
(俺の場合、練習しようが、周りにほとんど超能力者いなかったから無意味だったけど……)
超能力者の数は少ない。こうして、三人そろって歩いていることが、奇跡のようなもの。
ゆえに、篤史の能力は練習するも何もなかったのだ。
「なぁ、白澤、お前は……って」
振り向くと、そこには地面に手をついて、項垂れる友里がいた。
『何故……何故、ベストを尽くしてしまったんですか、楓さん……』
などと意味不明なことをテレパシーで送ってきながら、意気消沈している。
「なぁおい。何で白澤は敗北したかのようになってんだ?」
「聞くな。そして知らない方がいい」
楓の質問に、敢えて篤史は何も答えなかった。
そんな阿呆らしい会話がそれからも何度が続く内に、目的地へと到着する。
『ここが我が家兼、ウチの店です』
「おお……何と言うか、雰囲気いいな」
「まさに、ザ・喫茶店って感じだ」
ありきたりな感想を言う二人。だが、それは何も貶しているわけではない。むしろ、褒めていると言っていい。
街中にあるレトロな店構え。三階建てになっており、恐らく上の二つが、友里の家なのだろう。
『それじゃあ、中に入りましょうか』
そうして、友里を先頭に中に入った瞬間、篤史は目にする。
カウンターでコップを磨いている男性。年齢は三十代前半、と言ったところか。その見た目は、一瞬女性と間違える程、美しい代物だった。中性的、という言葉が一番妥当なのだろう。
長い茶髪は、片目を隠す程のものであり、その艶やかさは男のそれではなく、とても手入れがされてある。
まさに中性的イケメン。
そんな、そんな人物が、だ。
「―――あっ、お帰りなさい、友里ちゃん。って……あらあらあら、もしかして、そこにいるのはお友達かしら? やっだ、嘘。友里ちゃんついにお友達を連れて来てくれたのねっ、パパとっても嬉しいわ~っ」
などと。
見た目とは裏腹、というか、予想外すぎる口調に、篤史と楓は口をぽかんとさせるしかなかった。
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