七話 ポケットティッシュとハンカチは常備すべし
「…………、」
しばらくして、落ち着いた楓は、公園のベンチで完全に沈んでいた。
そんな彼女から視線を変えながら、篤史は友里に言う。
「おいこらやりすぎだぞ。泣かせてどうする」
『いやいや、これでも結構抑えた方ですよ。オタクとしての常識を語ったまでですし』
「それでも言い方ってもんがあるだろうが。お前のマシンガントークは、耐性ある奴でもかなりくるんだから」
それこそ、あの陽気が具現化したような亀下でさえ、友里の言葉の前では撃沈したほどだ。いや、まぁあれは彼の作品に対する批評であり、今回のとは具体的には違うが、それでも心にダメージを負うという意味では同じ類だろう。
「ほら。ハンカチ、いるか?」
「…………ぐすっ。あんがと」
と、篤史は未だに泣いている楓に対し、ハンカチを渡した。
『うっわ篤史さん。泣いてる女子にハンカチ渡すとか、どんだけ準備いいんですか。ちょっと引きます』
「おいコラ残念妖精。今の要素のどこに引かれる要素があるんだよ。ポケットティッシュとハンカチの常備は人として最低限の常識だろうが」
ハンカチを渡しただけで引かれるのは、流石の篤史も納得がいかなかった。
とはいえ、だ。そのことは今は置いておく。
やるべきことは、他にあるのだから。
「まぁ、あれだ。こっちも色々言い過ぎた。すまん」
「……別にいいよ。アタシが間違ってることしてるってのは、自覚あるし」
などと己の行いに反省の色を見せる楓。
彼女の根が腐った奴ではないことは、篤史もこの短時間で理解できていた。好きなものに対し、あれだけ熱くなれるのだから、きっと悪い奴ではないのだろう。
まぁ……それでも、色々と残念であることは違いないが。
「まぁ、何だ。前の学校で何があったかは知らないし、聞くつもりもない。加えて言うのなら、無理して学校に来いとも言わない。俺らにそんなことを言う資格はないからな」
そう。篤史たちがここへやってきたのは、あくまで楓がどこへ行っているかの調査。彼女を問い詰め、叱ることなどするつもりは微塵もない。学校へ来るよう説得する、というのもあくまでおまけなのだから。
「ただ……この先、あのメイド喫茶に行くにあたって金が必要となるんだったら、アルバイトをする他ない。んで、このまま学校行かずにアルバイトってのは、多分無理だろ?」
「まぁ……そりゃあ……」
「なら、こう考えるのはどうだ? アルバイトするために、学校に行く。うちの学校は申請さえすれば、アルバイトはしてもいいことになってるし」
未成年のバイトは、色々と制約がつくものだ。
中でも親や学校の承認は当然のもの。正直、不登校のままの彼女をバイトとして雇ってくれるところは少ないだろう。まぁ、学校を中退して就職する、という手もなくはないが、それはそれでハードルが高いものになってしまう。
「……なんだよ、その説得。アルバイトのために学校に行けって、無茶苦茶だな」
「まぁな。けど、本当に学校に行きたくない理由があるんなら、別に構わない。無理強いはしねぇよ」
そう。何度も言うが、篤史は別に無理やり楓を学校に連れていくつもりはない。今のだって、学校に来る一つの要因として言ってみただけだ。
すると、楓は何度も篤史の方を見て、視線をそらす。何か言いたいことがあるのだろうと理解した篤史は、自分から問いをなげかけた。
「? どうした」
「いや、その、さ……できれば、このことは黙っておいてほしいんだけど……」
つまり、無銭でメイド喫茶に行っていたことは誰にも言わないでほしい、ということか。
普通なら、誰に言っても信じてもらえないことだろう。だが、校長は生憎と超能力のこと、そして楓の能力のことを知っている。そして、校長に知られれば、両親の耳にも入ることになる。
故に、彼女には知られたくないのだろう。
「……分かったよ。校長には、隣町で色々とぶらついていたとだけ、言っとく」
「え……い、いいのかよ」
「知られたくないんだろ? こっちとしては、もう二度と同じようなことをしないんならそれでいいし。白澤も、それでいいだろ?」
『ええ。構いませんよ』
と心の中で呟きながら、頷く。
そんな二人を見て、どこか驚いている楓に、篤史は続けて言う。
「勿論、他の連中にも言いふらしたりはしねぇよ。そんなことして、俺らにはメリットないしな。それに、他人に迷惑をかけないなら、誰がどんな趣味してようがそれこそ個人の自由だろ」
「…………そ、そっか」
『まぁ、また透明化して同じようなことしていたら、今度は私の歌がとんでいきますけど』
『それはやめろ。そして歌がとんでいくってどういう表現だ』
物騒なことを言う友里に対し心の中でツッコミを入れる篤史。
とはいえ、これでやることは済んだ。
「そんじゃな」
もう用事はなくなった篤史たちは、そう言ってその場を去っていったのだった。
これから、彼女がどうなるのかは、分からない。もしかしたら学校に来るかもしれないし、このまま不登校を続けるかもしれない。
しかし、もし前者だとするのなら、時折学校で顔を見合わせることもあるだろう。
その時はまた、挨拶くらいはするべきだろうな、と篤史は思う。
思っていたのだが……。
三日後。
「―――ってなわけで、ウチのクラスに転入生がきたぞ~。そら、自己紹介よろしく」
「……広瀬、楓です……よろしく」
などと、仏頂面で自己紹介をしていたのは、ポケットに手を突っ込んだまま挨拶をする楓だった。
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