六話 趣味はルールを守ってやりましょう
「―――というわけで、貴方の行為はオタクにあるまじき所業です。本来、メイド喫茶とはお金を払ってメイドに会いに行く場所。だというのに、金も払わず、のうのうと空席に居座っているなど、言語道断。決して許されるべきことではありません。それこそ、オタクを自称するのなら、尚更です」
楓がやっていることは、言ってしまえば犯罪行為だ。
確かに、彼女の力を使えば誰にもバレていないのかもしれない。故に、誰も彼女を捕まえることはできないかもしれない。
だが、それでも犯罪は犯罪だ。そして、オタク趣味という範囲内でそれをやったことが、友里の逆鱗に触れたのだった。
「金がない? だからどうしたというのですか。そもそも、オタクの趣味というのはどんなものでもお金がかかるものです。アニメオタクならDVDやブルーレイ、アイドルオタクなら写真集やライブチケット、鉄道オタならカメラや電車の運賃等々、それこそ極めれば極めていく程、馬鹿にならない程、お金を必要としています。ならば、その人たちはどうやっているのか。簡単です。自分で稼いでいるんです。普通に仕事やアルバイトで金を稼いで、それを好きなことに貢いでいく。アルバイトができない学生ならば、親からのお小遣いで何とかする。それがオタクというものなのです」
時折、こんなことを言う人がいる。オタク趣味は実用的ではない、ただの金の無駄遣いだ、と。
確かに、そうとも言える。しかし、趣味とはそういうものだ。個人が自分の幸福や達成感を味わうためにするものであり、実用性など最初から誰も求めていないのだから。
「けれど、彼らは果たして多額の金を費やしていることに後悔はしているでしょうか? 答えは否、ノーです。汗水たらして働いた金を全部つぎ込む。月々の親からのお小遣いを何とかやりくりしてつぎ込む。そこに彼らは苦痛どころか、喜びを感じるでしょう。自分の好きなこと、好きなモノに没頭しているという証拠なのですから。無論、やりすぎはよくありません。借金してでもやれ、などとは私も口が裂けても言えません。ですが、何事にも対価は必要。たとえ一個人の趣味であっても、それは変わりません」
世の中全てが金とまではいかないが、しかし金がなくては成り立たないことが多い。それこそ、趣味の範囲で言うのなら、金がなくては始まらない。
それでも尚、熱を入れ、汗を流し、全力で没頭する。それがオタクという生き物なのだ。
「貴方の行為はそのオタクたち全てへの侮辱です。好きならアニメのDVDやブルーレイを万引きしてもいいんですか? 好きならアイドルオタクのチケットを盗んでもいいんですか? 好きならマナーを守らず、好き勝手に電車を撮影してもいいんですか? 違うはずです。そんな連中は、オタクではありません。ただのカスです。虫です。ゴミ以下のクソです。そして、貴方はそんな連中と同じことをしている。つまり、貴方はカスで虫でゴミ以下のクソということです」
世間では、にわか、という言葉が存在する。
どこからどこまでがにわかか、そうでないか、明確な答えはない。
が、それでも言えることがあるとすれば、自分勝手にやって、他人に迷惑をかける人間は、たとえどれだけ知識を持っていようが、たとえどれだけ金をつぎ込んでいようが、そんなものはオタクでもなければ、にわかでもない。
ただの迷惑な奴だ。
「私は全てのオタク趣味を網羅しているわけではありません。その方向性はきっと違うし、かみ合わないこともあるでしょう。時には、対立することもある。けれど、各々が持つ『熱量』に関して言えば、きっと皆負けず劣らずなはずです。そして、それは貴方にも言えるはず。貴方がメイド、いえ、メイさんに強い想い入れがあるのは先ほどの叫びでよく理解できました。けれど、だからこそ、貴方は考えるべきです。貴方の行為そのものが、メイさんの存在価値を地に落としているということを」
自分の趣味のせいで、他人に迷惑をかける。それは即ち、己の趣味そのものの地位や名誉を傷つけることにもつながる。
今回、楓はそれを友里達以外に気づかれてはいない。故に、彼女の犯罪行為を立証することはほとんど不可能。
しかし、いいやだからこそ、友里は言うのだ。
「何度でも言いましょう。メイド喫茶に行きたければ、ちゃんとお金を払いなさい。でなければ、貴方はオタクを名乗るどころか、メイさんに会う資格すら失いますよ」
そこで、ようやく友里のマシンガントークは打ち止めとなる。
言いたいことを全て言い終わったおかげか、友里の顔はどこか清々しいものになっていた。
一方で言われ放題だった楓はというと、肩を震わせうつむいていた。
(お、怒らせたか……?)
見ず知らずの相手に、あそこまで言われれば、普通なら誰だって怒る。それこそ、暴力沙汰になりかねない。
その時は篤史が間に割って入る。
……つもりだったのだが。
「う……う……」
「?」
「うぇぇぇええええんっ、ごめんなさいぃぃぃいいい……」
防波堤が決壊したかのように、楓はその場に座り込み、泣き出した。その姿は、まるで親に怒られた子供そのもの。
そこで、篤史は薄々感じていた疑念を、確信のものとした。
(……うん。こいつもとりあえず、残念枠ということだな)
と、己の隣にいる美少女と見比べながら、そう思ったのだった。
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