五話 オタクの熱量は色々ある
そして二時間後。
暗くなり、誰もいなくなった公園で待っていると、唐突に篤史が口を開く。
「―――姿を見せろ。お前がそこにいることはもう分かってる」
言い終わってから数秒後。
突然と、篤史たちの目の前の空間がゆがんだ。
いや、正確に言うのなら、先ほどまでそこには何もなかったはずなのに、唐突に赤いジャージを着た金髪の少女が立っていたのだ。
「―――ちっ。何だよアンタら。どうやってアタシのこと捉えてんだよ」
睨むその目は鋭いものであり、恐らくは篤史と同じくらい怖い目つきだ。加えて、あまり手入れがされていない金髪とファッションのファの字も見当たらないジャージ姿。
だというのに、正直、中身は一級品である。
一言でいうのなら、スレンダーな少女であり、顔も目つきが悪いだけで、かなり整っている。恐らく化粧もしていないだろう。つまり、自然な状態で既に美少女、というわけだ。
そんな彼女を見て、友里はというと。
『まさか……本当に、服を、着ているだなんて……』
『だから、お前は一体何と戦ってるんだ』
こういうところが、未だによく分からない篤史なのであった。
などというやり取りをしていると、楓は忌々しいような口調で問いを投げかける。
「アンタら、一体何者なんだよ」
「何。大したモンじゃない。お前が転校する予定の学校の生徒だ。そこの校長に頼まれたんだよ。毎日どこかへ出かけているお前のことを探ってくれってな。ついでに、学校へ来るように説得もしろって言われてる」
「ちっ、あの女、余計なことを……」
その一言で篤史は理解する。
どうやら楓と沢城は顔見知りらしい。
だが、その仲はあまりよろしくないと見た。
「……放っておいてくれ。アタシは学校にはいかない」
「で、代わりにあのメイド喫茶に通い続けると」
篤史の言葉に、楓はビクッと体を一瞬震わせた後、言葉を返す。
「わ、悪いかよ……」
「いや、そりゃ悪いだろ。ああ、今のは女子がメイド喫茶に行くことが、じゃねぇぞ。超能力使って、無断で店にいくことが悪いって言ってんだからな」
メイド喫茶に誰が行こうとそれは個人の自由だ。
けれど、超能力を使って、金も払わないまま店に入るのは、流石に待ったをかけるべきだろう。
そして、どうやらそれは本人も自覚はしているらしい。
「……そりゃ、アタシだって悪いことしてるとは思ってる。アタシだって、本当はお金払って行きたい。けど、その、何というか……」
「何だよ」
「……………………金がなくて」
「ああー……」
と、どこか納得する篤史。
あそこのメイド喫茶は、メニューやら何やらが色々と高かった印象を受けた。メイド喫茶の基本料金がいくらかは篤史は知らない。だが、高校生が毎日通えば、それこそ金がなくなるのは自然なことだろう。
「まぁ、それは分かるが……」
「分かってたまるかっ!! お前、絶対メイドとかに興味ないだろ!! 店に入った時から気づいていたよ。こいつ、メイドとかそういうの、別にどうでもいいと思ってるってな。そんな奴が、そんな奴が……」
拳を握る楓。それはまるで怒りに堪えているかのようだった。
いや、実際彼女は己の内にあふれる憤怒の炎に耐えていたのだろう。
だが、それもここまで。
そうして、溜まりに溜まった何かを吐き出すかのように。
「そんな奴がメイちゃんのオムライスたべてんじゃねぇぇぇええええっ!!」
楓の叫びに、篤史は思わず驚いてしまう。
「え、えっと、広瀬サン……?」
「メイちゃんはなぁ、メイちゃんはなぁ!! アタシにとって天使なんだよ、女神なんだよ!! アタシの推しの子で、救世主なんだよ!! あの子の笑顔は世界を救うし、あの子の料理は全てを幸せにする!! そんな彼女の接客受けたっていうのに、適当な返事ばっかりしやがって!! 超羨ましかったぞこんちくしょーがっ!!」
「そ、そうか……何か、悪い」
「悪いじゃねぇ!! 大体、何だよ、美人な女子高生連れてメイド喫茶に来る奴がいるか!! メイちゃん、超困ってただろ!! 普通、ああいうところは出会いを求める客がいくところなのに、もうすでにリア充全開な奴らが来たら、誰だって困惑するってーの!! 冷やかしか? 冷やかしのつもりか!? アタシらオタクに対して、『どうだ俺達はリア充だぞ愚民ども』って見せつけたいのかこの野郎ぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!」
と、途中から何故か哀しいと言わんばかりな口調に変わりつつ叫び続ける楓。
そんな彼女の有り様に、圧倒される篤史は何も言えない状態だった。
きっと、今の彼女に対抗できるのは、同等の『熱量』を持った者だろう。
そうして。
「―――言いたいことはそれだけですか」
幸か不幸か、ここには別のベクトルではあるものの、同等、あるいはそれ以上の『熱量』を持つ少女がいた。
「全く……それだけの『熱量』を持っているというのに、無銭でメイドに会いに行こうだなんて……オタクの風上にもおけない人ですね。ぶち殺しますよ?」
刹那、篤史は思う。
この展開、前にも見たことがあるぞ、と。
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