四十九話 委員長、お前一体何者なんですか?
「それで? 結局霧島にはお咎めなし、ということか」
澄とのケリがついて数日後の昼休み。
篤史は、珍しく、友里とではなく、柊と一緒に昼食をとっていた。
「文句がありそうな言い方だな」
「別にそんな意味で言ったわけじゃない。確かに、お前の言う通り、俺達個人で霧島をどうこうすることは、できないだろう。先生たちに言ったところで、証拠が何もないんじゃあ不可能だ。ましてや、催眠術だのマインドコントロールだの、そんなものの証明など、できるわけがないのだから」
澄との問題に決着がついたことは、斎藤と柊には伝えている。今後、彼女が自分の噂を流さないこと、また何もしてこないこと。そしてその一方で、この件はケリがついたとして、霧島に何か罰則を与える必要はないこと。
以上のことを伝えたものの、しかし未だ柊はどこか納得がいかない様子だった。
「とはいえ、だ。それでも今迄されたことを鑑みれば、何か仕返しをしたいと思うのが人間だが……」
「いや、それはその……もう充分に見たというか、正直可哀そうになったというか……」
大方のことは、確かに柊達には伝えてある。だが、それでも話していない部分が存在した。
つまりは、友里の超能力、そしてそれによる澄への精神汚染という名の説得方法。
流石にそこを話すわけにはいかなかったがために、未だぼかした言い方になってしまう篤史に対し、柊は目を細める。
「ふむ……白澤が言っていた最終手段、というやつか。俺は現場にいなかったから分からないんだが、一体あいつは何をやったんだ?」
「それは……悪い。俺の口からは言えない……」
「なるほど。聞くなら本人に、というわけか……しかし正直なところ、白澤は俺でも時々見失うことが多い。直接聞くのは、少し骨が折れそうだな」
友里の隠密スキル(仮名)は正直、化け物レベルだと篤史は思っている。あのルックスと体型。目立たないはずがない。だというのに、気づくとどこかへ消えている程の実力。
そんな彼女に対し、見つけることが不可能だ、と言わないあたり、やはり柊も人間の枠を超えているのではないか、と篤史は心の中で呟いていた。
「何はともあれ、霧島とケリをつけられたのはいいことだ。それに、クラスの空気もいい方向になっているようだしな」
「って、そうそうそれだよ。最近、クラスの空気がまた変わったよな。何というか、俺に対する風当たりが緩くなったっていうか……」
「ああ。実はな。佐山の奴がクラスの連中に言ってるんだ。山上は俺が思っていたような、悪い奴じゃなかったっとな。そして、一番お前に突っかかっていた佐山がそんなことを言っているんだから、他の連中も自然とその話を信じている、ということだ。まぁ、一番の要因は霧島が対抗する噂を流していないから、というのもあるがな」
もし、今まで通りならば、佐山が何を言ったところで、澄がそれを打ち消す噂を流すだけだった。それが無くなったが故に、篤史への悪い噂も鳴りを潜めた、ということだ。
しかし、それも澄が今後、本当に何もしなかったら、という話。もしかすれば、気が変わって、何か仕掛けてくる可能性が、絶対にないとは言えない。
「安心しろ。俺の目が黒いウチは、霧島に勝手なことはさせない。っというか、そんなことができる余裕がない程、風紀委員として、こき使ってやるつもりだからな」
言われ、篤史は思い出す。
「そういえば、霧島、風紀委員になったんだってな」
「ああ。あいつはできるだけ、俺の近くで見張っておきたいからな。加えて、風紀委員は常に人手不足だ。お前は今回、罰則を与えるな、と言っていたが、これくらいは別に構わんだろう?」
「まぁ、俺は別に構いやしないが……」
「何、心配するな。あれの行動パターンは既に把握している。今、どこにいるのかもはっきりと分かるくらいにはな。そして、もし、地球の裏側まで逃げたとしても、俺には追いかける自信と算段がある。だから、気楽にいろよ」
「うん。お前の今の発言で、ある意味滅茶苦茶心配になった。というか、柊、お前もしかして転生とかしてない? 具体的には前世で異世界の魔王とかやってて、現代日本に転生したとか、そういうパターン。もしくは、人生を百回以上やりなおしてるとか、そんな新事実とかないか?」
「何を馬鹿なことを言ってる。俺は俺、普通の男子高校生だ」
「お前みたいな男子高校生が、普通の枠に入るか」
などと言うものの、篤史は理解している。
柊には、自分の鼻が反応しない。つまり、彼は超能力者ではなく、ただの人間であるということ。だからこそ、篤史は目の前にいる少年が、人間の最高峰の存在なのでは? とさえ思ってしまうのだ。
「だが、俺は今回のことで気になることが二つある……一つは、校長の件だ」
「校長の?」
「ああ。霧島の情報は俺でも掴むことができなかった。それだけ、彼女も周到に隠し続けてきたらしいからな。しかし、校長はそれをたった数日で突き止めた……一体どんな手を使ったのか、興味があるが、それ以上に何故、一生徒の噂に対し、学校の長が出張ってきたのか、その理由が気になる。しかし、それを聞いたところで、素直に答えてくれるとは思えないがな」
確かに、柊の言い分は尤もだ。
この委員長をして、掴めなかった情報。それを意図も容易く手に入れ、教えてくれたことには感謝しているが、一体それをどこから? という疑問は当然ある。
柊もそうだが、校長である沢城もただ者ではないのは確かだった。
「そして、もう一つは、お前と白澤についてだ」
「な、何だよ」
「お前達……何か、俺に隠していることがないか?」
言われ、篤史は体を一瞬震わせた。
きっと、今の反応で柊は確信しただろう。篤史と友里には、何か秘密があるのだ、と。
けれども、篤史は敢えて、シラをきる。
「……別に、何もねぇよ」
正直、柊には話していいかもしれない、とは思った。
彼は信用できる人間だ。それは今回のことからみて、間違いない。信じてくれるか、という点については、友里のテレパシーを使えば、きっと何とかなるだろう。
だが、それはそれ。超能力という力の一端を知れば、世界の見方が変わってしまう。それは大げなことではなく、厳然たる事実だ。
本当に必要な時は話す。だが、それは今ではないと思ったがゆえの、答え。
「そうか……まぁ、そうだな。今はそういうことにしておこう」
だが。
「俺は気になったことはとことん調べる男だ。いつか、お前達の『秘密』も暴いてやろう」
言って、柊はその場を去る。
何も知らないはずだというのに、何故かもう後一歩のところに来ているのではないか? そんなことさえ思ってしまう言い方だった。
そして、そんな彼の後ろ姿を見ながら。
「……本当、お前何者なんだよ、委員長」
篤史は、そんなことを呟いたのだった。
次回で一章は完結となります!
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