四十八話 コメディがシリアスを壊すことはよくあること
「き、霧島。大丈夫か?」
「………………………………ナメクジになりたい」
「いやそれどういう意味だよ」
あまりのことで、澄は目が完全に死んだ状態で両ひざを抱えて体育座りをしていた。そこには最早、『黒幕』とか陰謀とか、そんなものとは一切関係ない少女しかいなかった。それだけ彼女のS〇N値がゴリゴリと削られた、ということなのだろう。
「……白澤、お前一体、何を歌ったんだよ」
『何って、そりゃあ今世間で話題な「紅〇華」を……」
「おいこら待てや残念妖精。それは色んな意味でアウトだろうが」
偉大なる大ヒット曲、それを歌うことだけでもアウトだというのに、さらに音痴な状態で歌うとか、あらゆる意味でレッドカードである。
『むー……じゃあ、やっぱりそこは定番の「残〇な〇使の〇ーゼ」の方が良かったですか』
「そういう返答をする時点で色々と間違ってんだよ」
そしてまたラインギリギリのところを攻めてくる。
いや、本当にそろそろやめないと、真面目にやばい気がする。主に著作権的な意味で。
などと考えていたら、虚ろな澄が言葉を挟んできた。
「…………ふふ。あれが歌ですって? 冗談じゃあない。あれは歌というにはあまりにもおぞましすぎる、這い寄ってくる冒涜的な何かよ。音程が違うとか、音量が大きすぎるとか、そんな次元の話じゃない。聞いているだけで、体の奥にある芯の部分に何か粘着した液体が浸食されるような、それでいて常に体全体を舐め回されるかのような、そんな感触を延々と続けられる。しかも耳を塞ごうにも直接脳内に送り込まれるから、防ぐこともできない。まるで頭にマグマを流し込まれるかのような絶望をずっと味わい続けるしかない」
「え何それ怖すぎる」
どんな拷問だよ。
っていうか、もうそれ歌じゃなくて、兵器というか、ある種の必殺技だろ。
などとツッコミを入れる篤史に対し、友里は誇らしげなテレパシーを送ってくる。
『ふふん。当然です。何せ、私の歌はかつて「女版ジャ〇アン」とまで言われていましたから。歌の壊滅的な下手さに関しては、誰にも負けないつもりです』
「だからそういうことを胸張って言うからお前は残念なんだぞ」
自分の歌の下手に自覚を持ちつつ、まるで恥じる様子もないその姿は、ある種尊敬に値する……のだろうか。
少なくとも、篤史は目の前にいる美少女のそういう側面に関しては、あまり見習いたくはなかった。
「…………それで? 私をどうする気? 服でも脱がせて、裸の写真でもとるつもり? そしてそれをネタに今度は私に色々と何かさせるつもり?」
「いや何でそういう発想になるんだよ」
澄も澄で、何ともぶっとんだ発言をしてくる。
いや、彼女の場合、先ほどの後遺症が残っているからかもしれないが。
溜息を吐きながら、篤史は澄の問いに答える。
「お前がさっき言ったように、復讐をやめてくれるなら、俺らは何もしねぇよ」
「…………本気? 私、自分が貴方に何をしたのか、ちゃんと言ったつもりだけど」
「ああ。その上でだ。これ以上、何もしないってんなら、俺もこの件についてもうとやかく言うつもりはない。先生たちにもそれで納得してもらうようにする」
篤史の言葉に、澄は眉をひそめていた。
「どういうつもり?」
「どうもこうもない。お前が言っただろうが。俺はどの道、この件について公にすることができない。加えて、お前が何かしたっていう物的証拠もない。っつか、探しても出ないんだろ? ならお互い無駄なことはしないってことで」
そう。結局、篤史は澄を逮捕しようとか、退学に追い込もうとか、そんなことは考えていない。というか、そんなことができるほどの力を彼は持っていない。
無論、怒りはあるし、苛立ちもした。けれど、最優先で考えるべきことは、彼女がもうこれ以上何もしてこない、ということ。それが平和的な解決でできるのなら、それに越したことはないだろう。
それに何より、彼女への仕返しは、もう充分見れたのだから。それこそ、少し同情してしまうほど。
「……ここまでやらかした私を許すっていうの?」
「そう捉えるのはお前の自由だ。だが、俺だって神様仏様じゃねぇ。本当に次、お前が何かした時には容赦しない。俺の周りの連中に手を出してみろ。その時は……」
「その時は?」
「白澤の脳内カラオケ三時間コースを強制的に執行する」
「本当にごめんなさい二度としませんからどうかそれだけは勘弁してください」
などと土下座しながら言ってくる程なのだから、彼女の本気具合が伺える。
それほどまでに友里の脳内リサイタルは効いた、ということだろう。きっと、彼女は本当にもう二度と篤史たちに対し、復讐をすることはない。
……何というか、色々とツッコミどころがありすぎる解決方法で、本当にこれでいいのか、という気持ちはあるものの。
『まぁ何はともあれ、これで一件落着ってことですね!』
「ああ……そうだな」
こうして、篤史の噂についてはひとまずケリがついたのだった。
思った以上の反響にびっくりです。
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