四十五話 有利な奴ほど、突然の出来事にあたふたする
友里が篤史と友達になったこと。
それが、澄にとっての誤算の始まりだったらしい。
「貴方と白澤さんが一緒に帰ろうとした時、あれは本当にびっくりしたわ。何の接点もなかったはずの二人がある日突然一緒に行動しだしたんだもの。しかも、その後もその関係は続いていたようだし? おかげで私が入る隙間がなくなっちゃった。ま、それならそれでそれを利用するまでだったけど」
「それで、白澤が俺に無理やり付き合わされてるって噂を流したわけか」
「そ。人間、誰しも本当のことよりも、『ありそうなこと』を信じるものだからね。実際、皆、あの噂を信じてたわけだし」
澄の言う通り、事実クラスメイト達は、篤史の噂を疑うことなく、信じていた。それはつまり、『山上ならそれくらいのことはするだろう』と心のどこかで思っていたから。
けれど。
「それでも、あの状況は異常だっただろ。クラスの連中や佐山に使ったのは、催眠術か洗脳の類か」
「ぶっぶー、ハズレ……って程でもないかな。正確にはマインドコントロール。相手の心の隙に付け込んで相手の気持ちを変えるように誘導したの。あっ、そんなことでって思った? でもこれが意外と効果があるんだよ。特に、悩み多き年ごろの高校生には効果覿面。しかも、私が言うんじゃなくて、周りの誰かに『山上君は悪い奴だ』って言わせるように誘導するわけだから、誰も私がそう仕向けたって分からない。私のマインドコントロールはお父さん直伝だからね。他の詐欺師たちが使うようなものとはレベルが違うの」
言われて、篤史は家にあった資料を思い出す。
『父之湖』の教祖は、他人を操ることにたけていた。それも言葉一つで、相手に自発的に何かをさせることもできる。本人は、自分の意思で喋っている、自分の意思で行動していると思っていても、実際は教祖がそう思わせていたという。
その手練手管は、娘にも受け継がれていた、というわけだ。
「とはいえ、何人かにだけは、ちょっとした細工を使わせてもらったけど」
「……薬か」
「正解っ。よく分かったね」
「ここに来るまで、家で『父之湖』に関する資料を読み込んだからな。お前たちは、とある湖の水を飲んで自給自足の生活をしていた。そして、お前の父親である教祖は、その水に薬を仕込み、相手を自分の思い通りに操っていた。皆幸せに暮らしていた? 馬鹿を言うな。ただ薬を使って、自分が幸せだと誤認させていただけだろうが。しかも、お前達はその発覚を恐れて、怪我人まで出した。だから、親父と母さんはそれを見かねて、『父之湖』を潰したんだ」
篤史の両親は確かに色んな宗教団体を調査し、いくつもの組織を潰してきた。
だが、それは宗教団体だから、潰していたというわけではない。本当に救いを求める人、そしてそれを救おうと必死になる人々も、僅かだが、確かに存在していた。そういう『レアケース』の時は、篤史の両親も何もすることはない。
そして逆に言えば。
彼らが潰しにかかった、ということは、それだけの理由が存在しているが故なのだ。
「その言い方は語弊があるよ。それじゃあまるで、お父さんが使っていたのが麻薬か何かみたいじゃない。私たちが使っていたのは、ちょっと自分の気持ちに素直にさせる程度のもの。加えて依存性も全くない。佐山君たちだって、体に何の変化もなかったはずだよ?」
「それでも無理強いだったことには変わりないだろ」
「それを証明することって、できる?」
言われ、篤史は即答しない。いいや、できなかった。
「今回の噂についてもそうだけど、私が全部やったっていう証拠はどこにもない。だから、証明しようがない。確かに私が『父之湖』設立者の娘だってことは事実だけど、それは動機になるだけで、証拠は何もない。そんな状況で、私をどうするっていうの?」
不敵な笑みを浮かべて、澄は言う。
彼女がここまで余裕な態度だったのは、結局のところ、それだ。
澄が『父之湖』の教祖、その娘であることは事実だ。けれど、だからといって、マインドコントロールをして、クラスの者たちに噂を流させ、一部の者には薬まで使って利用していた、という証拠にはならない。
そもそも、だ。マインドコントロールについても、されていた本人たちが気づいていないのだから、立証しようもないし、薬に関してもきっと対処をしているはずだ。
さっきまでべらべらと喋っていたのは、たとえ知られても、立証できないのなら、意味がないと判断したからだろう。
「ああ、もしかして、この会話、録音とか録画してる? それで、それが証拠になるとか、そういう展開? でもごめんねぇ。そういうことへの対策、私もしてるから。私が副委員長になったのは皆の信用を勝ち取るため。そして、クラスの皆の信頼は私の方が上。もしもさっきの会話を録音とか録画してても、捏造だっていえば、きっと皆私の方を信じてくれると思うよ?」
「……流石に、そこまで鵜呑みにする程、馬鹿じゃねぇだろ」
「いやいや、だってあんな嘘っぱちだって分かり切ってる噂を信じちゃう連中だよ? そりゃあ、私がマインドコントロールしたっていうのもあるけど、でもそんなのはきっかけに過ぎない。皆、心の底では貴方のことを嫌ってる。私はその気持ちを増幅させただけ。今はそれが沈静化しているけど、無くなったってわけでもない。貴方がもう一度、不審なことをすればまた皆、貴方を疑い始める。それこそ、可憐な副委員長を詐欺師の娘だと言い出せば、皆は逆に貴方に嫌悪の感情を抱くでしょうね」
加えて、と澄は続けて言う。
「きっと貴方はこのことを公にしない。だって、噂の件をバラすってことは、自動的に貴方の従弟についても皆に説明しなくちゃいけなくなるもの。それは困るよねー? 大スキャンダルだもんね。そう思ったからこそ、貴方はずーっと誰にも話さずにいたんだから」
「……そこまで計算してたのか」
篤史の言葉に、澄は笑みで返した。
どれだけ篤史が情報を掴んだところで、クラスでの地位、そして篤史の立場からして、澄を今すぐどうこうすることはできない。それを理解しているからこそ、澄は未だ余裕の態度のままなのだ。
ゆえに、彼女の優位性は変わらない。
だからこそ、彼女は反省などするわけがなく、むしろ自分が優位にたっていることを利用し、篤史をもっと追い詰めるだろう。
そして、自分が満足するまで、己の復讐を続け―――
『全く、さっきから聞いてみれば、調子に乗ったゴミクズが何か喋っていますね』
唐突に、澄の頭に奇妙な言葉が流れてきた。
「……え?」
思わず、そんな言葉を発する澄は、周りを見渡す。
ここには、篤史と自分しかいない。だというのに、今、明らかに第三者の声が聞こえてきた。
……いや、澄は知っている。この声の主を。何故なら、その毒舌をつい先日聞いたばかりなのだから。
つまり、この声は……。
『あまり挙動不審なことをしないでください。篤史さんにバレるじゃないですか。ブチ殺しますよ?』
などと。
毒舌全開な声の主が、白澤友里であると気づくのに、さほど時間はかからなかった。
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