四十四話 計画は意外なところで破綻するもの
『父之湖』。
それは、十年程前、篤史の両親が調査をし、同時に潰した宗教団体。
表向きは、自然の中で生き、解脱への道を探る……などという肩書を持っていたが、実際のところは教祖が信徒を思うがまま操っていた危険な宗教団体。
そして、篤史の両親にそのインチキを暴かれ、潰された。
その教祖の娘だ、と突きつけられた澄はというと。
「―――なーんだ、バレちゃってたのか」
あまりにも、あっさりとその事実を受け入れたのだった。
「……やけにあっさりと自分の正体見せるんだな」
「だって、そこまで調べられてたら、流石にシラを通すのは無理でしょ。その情報、私があの手この手で隠し続けてきたことなんだから……っていうかさ、それどこから漏れたの? 参考までに教えてほしいんだけど……まさか、委員長?」
「生憎だが、今回は別のところからだ」
「そっか。あの委員長なら、もしかしたらと思ったんだけど、まさか別口でバレるなんてね。私もまだまだということかな」
己の正体を突きつけられたというのに、澄は未だ平然とした態度であった。
開き直っている、とも言えなくはないが、しかしそれともどこか違うような気がしながら、篤史は続ける。
「……復讐か」
「あたりまえじゃん。私たち家族の幸せをぶち壊した連中を恨まないとでも思っていたわけ?」
目を細めながら問いを投げかける澄。
その瞳の奥にあるのは、確かな怒りであると、篤史はこの時ようやく理解した。
「私たちは、ただあの場所で幸せに暮らしていた。他の人たちも皆、幸福だった。私たちを崇めて、信仰して、それで満足してたのに……それを十年前、貴方の両親がやってきて、何もかもを滅茶苦茶にした。おかげでお父さんは捕まって、残った私は狂った教祖の娘として親戚をたらいまわしの日々を送ってたわ」
「……、」
「毎日毎日、詐欺師の娘だ、クズの子供だ、狂った教祖の血だって、皆に言われ続けてた。何もしらない連中が、お父さんや私のことを罵る毎日。それでも、そんな連中に縋るしか、私には残されてなかった。だから身に着けたの。人に媚びを売る方法やどうやったら相手が喜ぶのかを。徹底的に勉強して」
そうすることでしか、彼女は生きる道がなかったという。
親が罪人というだけで、周りからの視線や圧は相当なもの。それこそ、彼女を引き取った者たちからすれば、ただの疫病神でしかない。無論、澄にとって、そんな奴らは下種としか思っていなかった。だが、それでも子供であった彼女が生きていくには、そんな連中のご機嫌取りをするほかなかったのだ。
「そんな毎日を過ごしながら、私は貴方たち家族のことを調べた。そして、この学校にたどり着いた。ようやく恨みを晴らせる。その感動を胸に秘めながら」
それは、彼女にとって、これ以上ない目標だったのだろう。
ゆえに、自分のもてる力全てを利用して、澄は今まで暗躍していたのだ。
「復讐にしても、かなり手のこんだやり口だな」
「だってその方が貴方が苦しむと思ったから。だってそうでしょう? 私はずっとずっと苦しんできたんだから。その分の苦しみを貴方に与えるためには、こういうやり口の方がずっと効果があるんだもの」
確かに、それは一理ある。
篤史に怪我を負わせたりするよりも、彼の信用を地に落とす。それは社会的な死と同義であり、ある意味においては本当の死と同等の苦しみがあると言っていい。
「翼のストーカー。あれも、お前の仕業だな」
「ピンポーン……って言いたいところなんだけどね、アレはちょっとしたアクシデントっていうか、例外っていうべきかな? 彼女、私がどうこうする前に既に貴方に目をつけてたらしいし。私がしたことと言えば、貴方の居場所を教えたり、『協力者』を提供することくらいだったから」
協力者、つまり、篤史が返り討ちにした不良たち。
確かに、今考えてみれば、ただのストーカーにあんな不良たちが協力していた方がおかしな話。そこに何か裏があると考えなかったことが、篤史の失敗の一つだろう。
「まぁ、それでも彼女には感謝してるの。何せ、おかげで貴方を追い落とす噂をバラまくことができて、貴方を孤立させることに成功したんだから。あとは孤立した貴方に、私が優しーく接してあげて、少しずつ取り入るっていう筋書きだったんだけどね」
「なるほど。俺に取り入って、信用させて、その上で絶望させる算段だったってわけか」
皆からハブられている状況下で、唯一優しく話しかけてくれる美少女。もしもそんな展開があれば、もしかすれば、篤史はその術中に嵌っていたかもしれない。
「そうその通り! ……だったんだけどねぇ。あの女のせいで、ぜーんぶ、無駄になっちゃった」
「あの女? それってつまり……」
篤史の人間関係において、澄が示しているのは恐らく一人しか該当しない。
そして。
「そう。白澤友里。彼女が貴方とつるむようになっちゃったことから、私の計画は緩やかに狂い始めたのよ」
篤史の予想通りの答えが、澄の口から出たのだった。
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