三十九話 噂には噂をぶつけるんだよ
結論を言えば、友里の心配は杞憂に終わった。
毒舌妖精爆誕の次の日からというもの、クラスの雰囲気は奇妙なものになっていた。何か言いたいけれど、言えない。そんな雰囲気だ。
しかも、それは嫌悪とか悪意とかではなく、興味がある、的なもの。
委員長曰く。
「恐らく、白澤のあまりのインパクトが大きすぎて、お前への噂が半減してるんだろう。何せ、常に無口無表情で通してきたんだ。そんな奴の怒り、毒舌。これ以上記憶に残るものはないからな」
それはそうだろう、と篤史も思う。
篤史はいつもテレパシーで友里の言葉を聞いている。加えて、感想会でのマシンガントークも知っていた。そんな彼ですら、あの時の友里の態度と言葉には驚きを隠せなかったのだ。声すらほとんど聞いたことが無いクラスの者たちからすれば、それこそ目を丸くさせ、言葉を失うのには十分すぎる理由である。
特に、佐山に関しては、あれで心が折れた、と言われてもおかしくない。
「とはいえ、俺が聞いた限りじゃあ、白澤個人に対しての批判的な意見はないな。連中からしてみれば、友達の悪口を言われて反論した、という風にうつっている。まぁ実際のところ、それが本当なんだろうが、何にしてもそれはおかしなことではない。むしろ、好意的に思われているように、俺は考える」
「好意的?」
「言っただろう? 白澤は今まで無口無表情で通してた。だから、とっつきにくいと思われていた節がある。だが、あの言葉を聞いて、連中も考えを改めたんだろう。白澤友里もああやって友達のために怒るんだ、と言った具合に」
彼らの中では友里は『妖精』と呼ばれていた。美しいルックスと整った体型。ミステリアスな雰囲気を醸し出しながら、けれども気づけばいつもいない。だからこそ、友里はある種正体不明の存在だったと言えるだろう。
だが、それでもあの発言で一気に人間味を帯びた。彼女も自分たちと同じ存在だという、当たり前の事実にようやく気付けた、ということなのだろう。
「けれど、中には穿った見方をする奴もいてな。お前に無理やり言わされた、なんてことを未だに言う奴は中にはいる。けど、それはほとんど聞く耳持たれないって感じだな。何せ、あれだけ熱の入った大演説を聞かされたんだ。あれで未だ噂の疑いを持つ奴は、そういないということだな」
友里の熱の入った毒舌マシンガントーク。あれを誰かに言わされた、などという奴はそうそういないだろうし、いたとしても信じてもらえないだろう。それだけ、あの時の彼女は目に焼き付くような存在感を放っていたのだ。
「しかし、まさかこんな対処法があったとはな。目には目を、歯には歯を、とは言うが、噂には噂をぶつければいいとは。ちょっと力技すぎるとは思うがな」
噂というのは鮮度が命だ。
世間がかつて起こった事件よりも、今日報道されている芸能人のスキャンダルを気にするのと同じ。新しい噂がたてば、そちらの方に興味を抱くのは自然なこと。ましてや、あの強烈さ。もしもこの後、篤史に対する噂が出たとしても、そう簡単に塗り替えることはできないはずだ。
けれども。
(それでも……未だ、解決とはいかない)
友里の行動により、篤史の噂はなりをひそめていると言っても過言ではない。が、しかしそれは鎮静化したことにすぎない。本当の意味では、大団円に至っていないのだ。
そして、この問題を解決する方法はただ一つ。
『黒幕』を見つけ出すこと。
それしか道がないのだと、篤史は改めて思ったのだった。
*
そして数日後。
篤史は己の靴箱の中身を見て、しかめっ面になっていた。
『篤史さーん、おはようございまーす。って、靴箱の中身を見て、何してるんですか? ハッ、まさか典型的虐め「靴箱のゴミ箱化」をされたんですか!?』
『何だその語呂の悪い言い方。んなことされてねーよ』
『え? じゃあ、ラブレターとか?』
『それこそ天地がひっくり返ってもありえねぇだろ。お前は俺を誰だと思ってる?』
『いや、そこで胸を張ってそんなことを言われても、逆に困るといいますか……篤史さん、もうちょっと自分に自信をもっていいのでは?』
未だ妙なところで自己評価が低い篤史に、どこか呆れる友里だった。
『で、結局何が入ってたんですか?』
『別に何もねぇよ。っつか、逆だ逆。噂が沈静化してるから、『黒幕』とやら何か嫌がらせでもしてくるかと思ったが、その心配はなさそうだ。っと、それより、白澤。悪いが今日の放課後は用事があるから先に帰るわ』
『ええ~、今日は今度一緒に観に行く劇場版「九血の剣」の予習のために、一緒にDVD見るって約束だったじゃないですか』
『悪いな。急な用事が出来たんだ。今度また何か奢ってやるから』
『むー……篤史さん。私に奢れば何とかなるとでも思ってませんか?』
『嫌か? お前の好きな贅沢プリンチョコレートパフェを奢るつもりだったんだが……』
『もう~篤史さんは仕方ないですねぇ~。今回だけですよ~?』
あまりにもちょろい展開に、少しだけ篤史は呆れる。
しかし、今回ばかりは、ちょっとだけ、友里の能力に対し、ほっとしていた。
彼女が問答無用で人の心の全てを知ることができる能力者ならば、篤史の嘘にもすぐさま気づいていたはずなのだから。
そして、篤史は教室に行くと、すぐさま柊のところへ行った。
「なぁ、柊。ちょっと頼みたいことがあるんだが……」
時刻は夕方。
既に学校は終わり、多くの生徒が帰路についている。
そんな中、篤史は街はずれにあるとある廃工場にやってきていた。
こんな場所になど、誰もいないはず……なのだが、篤史の前には一人の男がいた。
「約束通り、来てやったぞ。それで? 何の用だ―――佐山」
そこにいたのは、篤史を恨めしそうに睨みつける、佐山の姿だった。
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