三十八話 怒った後、冷静になると結構落ち込む
『ふ、ふふふ。終わりです。私の学校生活は今日をもって終わりです。え? 何故かって? そんなの決まってます。クラス全員の前であんな毒舌全開な言葉を使えば、誰だって引きますって。今頃、きっと私の話でもちきりですよ。え? 白澤さんってあんなこと言うんだー、ちょっと幻滅ー、っていうか怖いー、っていう感じで。でもきっとそれだけじゃ終わりません。調子に乗ってると思ったクラスメイト達の嫌らがらせの日々が始まるんです。机の落書きやモノがなくなるのは当たり前。靴箱がごみ箱と化したり、椅子のところに画びょうをしこまれたり、その他諸々のいじめにあうんです。ふふ、ふふふ、ふふふふふ……』
「いや、どんだけマイナス思考なんだよ。さっきの勢いはどうしたよ」
部室の片隅で体育座りをしながらぶつぶつとテレパシーを送ってくる友里に対し、思わず篤史はツッコミを入れる。
帰りのHR。あの時の大演説をぶった彼女は一体どこへ行ってしまったというのか。
『あんなの一時的なノリと勢いと怒りが超融合した結果ですよ。そしてそういうものには反動がつきもの。ようはドーピングの副作用みたいなものですよ。それが今の私ということです。ふふ、ふふふ……』
「反動でかすぎるだろ。ってか、その妙な笑い声やめろ。微妙に怖いから」
無表情だというのに、心に送られてくる笑い声は、まさにホラーそのものである。
そんな彼女に対し、篤史はどこか申し訳なさそうな顔をしながら、口を開く。
「その、何だ……悪かったな」
『え? 何言ってるんですか篤史さん。どうしてそこで篤史さんが謝るんですか?」
「いやだって、お前があんなことをしたのは、俺のためなんだし……」
篤史とて、彼女がどうしてあそこまでしてくれたのか、分からないほど馬鹿ではない。
友里は人前で話すことが苦手、というか大嫌い。そんな彼女がクラスメイト全員の前で怒りをぶちまけたのは、他でもない篤史のためだ。
あれのせいで、彼女が望む、平穏な高校生活は失われたといってもいいだろう。
だからこそ、謝罪だったのだが。
『いやいや、篤史さん。そこは悪かったな、ではなく、ありがとう、というべきところでは?』
「……、」
などと。
あまりにも自然にそんなことを言うものだから、篤史は思わず言葉を失ってしまった。
そんな彼のことを他所に、友里は言葉を続ける。
『正直に言います。私は今、非常に後悔しています。けれど、それは自分の対応の仕方が悪かったというだけの話で、あそこで行動したことに対しては、全く後悔してません。友達を貶されて、黙っていられるほど、私、頭よくないんで。むしろ、私の人生ベスト3に入るほどの胸を張れることだと思ってます。でも、そうできるようにしてくれたのは、他でもない、篤史さんなんですよ?』
「俺が……?」
『はい。私、今日まで篤史さんに色んなことをしてもらいました。陽キャの誘いから助けてくれたり、追試を手伝ってもらったり、ラノベの感想会に一緒に出てもらったり、一緒に映画を観に行ったり……以前の私なら、考えられないことです』
今まで友達がいなかった彼女にとって、初めての友人。
共通の趣味を持ち、一緒に遊び、時には勉強を教えてもらい、そして映画に行ったりする。そんなどこにでもいるような存在を、彼女は初めて持てたのだという。
『篤史さんと出会って、私はちょっと変われた気がしたんです。ああ、私にも友達ができたんだなって、当たり前のことですけど、そう思えるようになったんです。そして、それはきっと誰でもよかったわけじゃありません。何だかんだで私の相手をしてくれた篤史さんだからこそ、私は友達だって確信できるんです』
そんな友達を馬鹿にされたことが許せなかった。
そんな友人を傷つけられたことが我慢できなかった。
だから、あの時、自分は怒ったのだと、友里は言う。
『もしかしたら、私はもう自分が望むような平穏な高校生活とやらを送れないかもしれません。けど、それよりも、私は篤史さんが馬鹿にされるのを見過ごせなかった。たとえ、何度同じような場面がきても、同じようなことをすると思います』
その言葉に嘘偽りはない。
それが分かっていたからこそ、篤史は思わず、顔を覆い隠すように手をあてた。
きっと今、自分はとてもじゃないが、人に見せられるような顔じゃないと理解していたから。
けれども、だからこそ、彼は伝えなければならないことがあった。
大きく深呼吸した後、篤史は友里の方をまっすぐ見ながら。
「そうか……白澤。ありがとな」
心からの、感謝の言葉を口にしたのだった。
そして、付け加えるかのように、篤史は言葉を続ける。
「まぁ、その、なんだ……もし、お前が心配するようなことになったとしても安心しろ。俺が何とかしてやる」
『篤史さん……じゃあ、その時は私の残りの高校生活の面倒をお願いしますね。具体的には、毎日必ずゲームをすること。そして時には特撮やアメコミ、そしてアニメの映画を一緒に見に行くことなどです。あ、あと部活の手伝いとかもお願いしますね』
「うん。今の流れでそれを言えるお前のメンタルはやっぱりどこかおかしいと思う」
さっきまで、真面目な話をしていたというのにこれである。
そういうブレないところは、やはり、というべきところなのかもしれない。
「とりあえず、あれだな。今日はお前の好きなもん奢ってやるよ。何が食べたい?」
『え? 本当ですか? 駅前にあるクレープ屋のグレートゴージャスデラックス盛りでも?』
「ああ。男に二言はない」
『わーいっ、やったー!』
まるで子供のようにはしゃぐ友里。そこにはもう先ほどまで沈んでいた美少女の姿はない。
そんな彼女を見ながら、篤史は呆れたような笑みを浮かべるのだった。
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