三十七話 これも一種のギャップだろうか
「白澤……?」
思わず、疑問形の口調で言う篤史。
それもそのはず。彼女がクラスの連中の前ではっきりと喋ることなど、これが初めてなのだから。
そんな彼女に驚いているのは、当然篤史だけではない。
「え、えっと……白澤さん、今なんて……」
「聞こえませんでしたか? 私の大事な友人をそれ以上悪く言うなと言ったんです。頭も悪ければどうやら耳の方もだいぶ悪いようですね。耳鼻科へ行くことをオススメしますよ」
鋭い言葉に、佐山はさらに困惑した表情になっていた。
佐山だけではない。ここにいるクラスメイト全員が、友里の言葉と口調に唖然としてしまっていた。
だが、そんな彼ら彼女らのことなど知ったことかと言わんばかりに、友里は言葉を続ける。
「何ですか? 私がこんなことを言うのがそんなにおかしなことですか? 自分の友達の悪口を平然と目の前で言われて、何も思わないとでも? 大事な友人を傷つけるような言葉を言われて、怒らないとでも? 貴方にとって、どうやら私という人間は、かなり薄情な女なようですね。けれど残念ながら私はこういう人間です。友達の悪口を言われればこうやって怒る、どこにでもいる普通の女子高生です」
それは、かつて部室で見たマシンガントーク。
しかし、その内容や込められた思いは全く別もの。亀下へのマシンガントークは彼の作品への好意と敬意があった。
だが、今の彼女にあるのは怒りそのもの。
自らの友人を侮辱させられたことで、今まで溜まりに溜まっていたものが一気に噴火したかのような、そんなものであった。
「嘘だ……白澤さんが、そんなこと、言うわけ……」
「私がそんなことを言うわけがないと? 笑わせないでください。貴方が私の何を知っていると? それは貴方の単なる妄想であり、理想。そんなもの、勝手に押し付けないでください。この際ですからはっきりと言います。私と篤史さんはれっきとした友人です。何か弱みを握られているからとか、やましいことなんて一切ありません。普通のクラスメイト、いいえ友達です。一緒に食事したり、一緒にゲームをしたり、一緒に映画を観に行ったりする。そういう関係です」
それは、佐山だけに言っているわけではない。
ここにいる、全員に言い放っているように、篤史には思えた。
自分たちは自分たちの意思で一緒にいるのだと。友達になったのだと。貴方たちが思い描く理想や幻想など木っ端微塵にしてやるのだと。
そんな思いが込められているような気がしたのだ。
と、そこで篤史は気づく。
友里の手が、小刻みに震えていることを。
(白澤、お前……)
篤史は知っている。彼女がどれだけ、人前で話すのが苦手なのかを。だからこそ、自分の気配を殺して周りとの接触をできるだけ無くしてきた。超能力を使ってまで、人を追い払うほど、彼女は他人が苦手なのだ。
そんな彼女が、今、クラスの視線を一身に集めながら、それでも堂々とした態度ではっきりと己の言葉を口にしている。
それが誰のためなのか、そこまで分からないほど、篤史も鈍感ではなかった。
「そんな、だって、そいつは、人を平気で殴る、人でなしで……」
「だから、何を根拠にそんなことを言ってるんですか? 篤史さんが人でなし? 冗談を言わなくでください。他人が困っていたら何だかんだで手を差し伸べたり、泣いている少女のために手品をしてあげたりする。そんな、優しい人ですよ、彼は」
言われ、篤史は少々照れ臭くなってしまう。
そして同時に再確認する。
自分に対し、ここまで怒ってくれる誰かがいることが、本当に嬉しいことなのだ、と。
「噂に惑わされるな、とは言いません。人間ですもの。誰だって間違ったり、不安になったりするのは当然です。けれど、ありもしない、荒唐無稽にも程がある嘘偽りで、他人を傷つけることが許されるわけではありません。ですので、もう一度言います。もうこれ以上、その汚らしい口で、私の友達を貶さないでください」
言い切った友里。その後にあったのは少しの静寂だった。
誰しもが言葉を詰まらせ、何も言えない状態。佐山に至っては、何か言葉を紡ごうとするが、しかし何も出てこず、あたふたとしているだけである。
一方で、柊はどこか納得したかのような笑みを浮かべ、うんうん、と頷いていた。
そして、その静寂を破ったのは、担任である斎藤の言葉だった。
「あー、うん。白澤? お前が友達思いってのは十分に分かったら、そこまでにしといてやれ。佐山の奴、あまりのショックで言葉失ってるから」
と、そこで友里はようやく怒りを鎮め、「……すみません」と言って、自分の席に座る。
それを見て、斎藤は少し笑みを浮かべながら、クラス全員に対し、問いを投げかけた。
「とまぁ、今の発言を聞いてまだ噂がどうのこうのって思ってる奴、いるか?」
斎藤の言葉にクラスの誰も、反論しない。できるはずがない。
あのような、熱の入った言葉を前にされて、上っ面の噂だけが根拠であった一同には、何も覆すことはできないのだから。
「ま、そういうわけだ。そら、分かったらとっとと解散解散」
その言葉で、クラス全員、席を立ち、各々その場を去っていく。
こうして、一旦火がつきそうになった状況は、友里の言葉によって、完全に鎮静化したのだった。
そして。
「…………ちっ」
それを面白くないと思った『誰か』は、誰にも気づかれることなく、忌々しいと言わんばかりの舌打ちをしたのだった。
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