三十六話 そろそろ我慢の限界のようです
数日後。
『……どうしたんですか、篤史さん。そのクマ』
何故か少し前と似たような質問をする友里。
「いや、最近、調べものをしててな。昨日はそれが遅くまでかかって、ちょっとした寝不足なんだよ」
『調べものですか? ああ、前に言っていた、気になることっていう?』
「ああ。それで、家の中にある『資料』をくまなく探し回ってたってわけだ」
今の状況を打開する方法。
それが、父親である太郎の研究資料であると篤史は睨んでいる。
しかし、ならば太郎に色々と聞けばいいのでは? という疑問が出てくるのだが、そう物事は簡単にはいかない。
(本当なら、親父に直接聞ければいいんだが、この前あんなこと言った手前、今更聞くわけにもいかないしな……)
先日もそうだが、今も二人は調査中。そんな中、自分のことで一々、心配させるわけにはいかない。
ゆえに、篤史は一人で父親の資料を読みふけっていたのだった。
『くっ……そんな寝不足状態の篤史さんにすらゲームで勝てないとは……!!』
「まぁ、そのなんだ……気を落とすなよ。そういうわけで、俺、ちょっと寝るから」
『いいえダメです!! 拒否です!! NOです!! もう一回、もう一回勝負です!! それで篤史さんが勝てたら、私の膝で寝て良いですから!! 何なら、頭もなでであげますから!!』
「お前はそうなんで追い込まれるとすぐに自分の体をかけるんだよ。ホント、そういうの他の場所でするなよ?」
『大丈夫です!! 私がこんなこと言うの、篤史さんだけですから!!』
「それは嬉しく思うべきか? それとも哀れむべきなのか?」
などと言いつつも、篤史はその後も友里に付き合うのだった。
そんな中、ふと思い出したかのように、友里がテレパシーを送ってくる。
『あっ、そういえばさっき斎藤先生からこっそり言われたんですけど、今日の帰りのHRで篤史さんの噂について、注意するって話でしたね』
「ああ。最初は朝礼の時にって言ってたが、このところ用事がたてこんでて、今日になったんだと。遅くなって悪いって俺もさっき言われた」
担任である斎藤が注意したところで、噂が止まるとは思わない。しかし、それでもある程度、抑えられるかもしれない。
だが、どうしてだろうか。
篤史は何故かロクでもないことになりそうだ、という予感をしていたのだった。
*
そして夕方。
全ての授業が終わり、斎藤から連絡事項が言い渡されていた。
そして。
「―――と、行事連絡は以上だ。それから、一つお前らに言っておくことがある」
始まった。
先程までとは違った空気を醸し出す斎藤の様子にクラスメイト全員が気づいたようで、その視線が一点に集まっていた。
「最近、ウチのクラスで妙な噂が流行ってるらしいな。なんでも、うちのクラスの奴が女子生徒をどうこうしてるっていう内容の。まぁ、お前らも年ごろの若人だ。色々と噂をしたり、妄想するのは仕方ないことだ」
けれど。
「それも限度ってもんがあるっていうのは理解しとけよ。それから、はっきりと言っておくが、今ウチのクラス、ひいては学校で噂されているようなことは一切が事実無根だ。嘘やデタラメなことを言って個人を害するような行為はするな。……まぁ、そんなところだ以上、解散」
端的な言葉。
しかし、篤史は十分な注意勧告だと思った。ここで下手に長引かせたり、熱く説教をしたところで悪化するだけなのは目に見えている。
篤史も斎藤の言葉で全てを解決してもらおうとは思っていない。ただ、これによって、少し噂の影響を抑えられればいい。
そう思っていたのだが―――
「ちょっと待ってください、先生!!」
まるで篤史の悪い予感が的中したかのように、待ったをかける声が出た。
そして、それが一体誰なのか、最早言うまでもないだろう。
「……何だ佐山。私は解散だっていったんだが?」
「何だじゃありません!! 何ですか今の!! まるで俺らが間違ってるような言い方して!! 先生だって知ってるでしょ。山上が白澤さんに何をしてるかってのは!」
「だから、それが全くのデタラメだって……」
「でも、火のないところに煙はたたないっていうじゃないですか。本当に何も怪しいことがないのなら、そもそもそんな噂が流れること自体がなかった。なのに、こうして皆が噂してるってことは、何かしらの要因があるってことでしょう? 実際、こいつは喧嘩して入院してたロクでもない奴なんだ。そんな奴が白澤さんと一緒にいるなんて、本当なら絶対あり得ないんですから!!」
また出た、この論法。
篤史は悪い奴だ。だから、綺麗で可憐な白澤が一緒にいるのはおかしい。
いいや、絶対にそんなこと、あってはならない。
暴論としかいいようがないその言葉に、しかしクラスメイトは誰も否定しなかった。つまり、彼らも思っているわけだ。
しかし、それも全員というわけではない。
刹那、先ほどまで黙っていた柊がその場で立ち上がる。
「おい佐山、お前いい加減に―――」
と、柊が口を出そうとした刹那。
「いい加減にしてくれませんか」
その瞬間、クラスの全員が誰が喋ったのか、理解ができていなかった。
それもそうだろう。彼らにとってみれば、ほとんど初めて聞く声。聞き覚えのない声音であれば、困惑するのは当然だろう。
しかし、篤史は知っていた。その声を、そして声の主を。
知っていた。知っていたからこそ、彼はこの場の誰よりも目を丸くさせ、驚愕していた。
何故なら。
「人の大事な友人のことをご自分の価値観で決めつけるの、そろそろやめてくれませんか。全くもって、不愉快です。ぶち殺しますよ?」
そんな言葉を口にしたのは、他の誰でもない、篤史の友達である、白澤友里だったのだから。
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