三十五話 人の印象は見る人によって違うもの
「陽菜っ」
篤史のマジックが品切れになりそうになったその時。
不意にこちらに向かって呼びかける声がした。
ふと、そちらを振り向くと、茶色の髪をスポーツ刈りにしている長身の青年がこちらに向かって来ていた。
服装は、篤史と同じ学校の制服である。
「お兄ちゃんっ」
「全く、お前は。ちょっと目を離すとすぐにどっかに行って……」
「ごめんなさい……」
「反省してるなら、それでよし。次からは気を付けるんだぞ……っと、この人たちは?」
「陽菜と遊んでくれてたのっ。それでね、このお兄ちゃん、凄いんだよ!! マジシャン、マジシャンなの!! 色んなところから飴とかカードとか、いっぱい出せるの!!」
陽菜の言葉に、青年は「そうか」と呟き、視線を篤史たちの方へと向ける。
「その制服、うちの二年か。妹が世話になったな。俺は三年の岸原晴也だ」
「山上篤史です」
「白澤、友里です」
挨拶をする二人の名前を聞き、岸原は大きく目を見開いていた。
いや、正確には、篤史の名前、というべきか。
「そうか。お前が山上か。亀下から聞いていたが、確かにこれは強面だ」
ここに来て、予想外の名前が出たことに、今度は篤史が驚く番だった。
「亀下って、亀下先輩のことですか?」
「ああ。お前の噂のことをクラスで話してたら、あいつに言われたよ。山上少年は噂のような奴ではない。確かに強面であることは確かだが、心根はとても良い奴だってな。あの亀下がいうんだ。なら、そういう奴なんだろうって、うちのクラスではなってるんだよ」
「亀下先輩……」
知らなかった。
他の学年にも噂は広まっているだろうとは思っていたが、まさか亀下が自分のためにそんなことを言ってくれていたとは。
『何というか、部長らしいですね』
『ああ……』
そして同時に、彼の言葉を聞いてそれをクラスメイトたちが信じるあたり、彼への信頼がいかに高いかが伺える。
「あー、その、それでだな……ちょっと聞きにくいんだが、最近、佐山に何かされなかったか?」
そして。
これまた予想外の人物の名前が出たことにより、篤史は少々戸惑ってしまう。
「えっと……まぁ、ちょっと何度か絡まれたことはありますけど……」
「はぁ……そうか。話には聞いていたが、あの馬鹿」
「その、佐山とはどういう関係で?」
「ああ。俺はサッカー部のキャプテンをやってるんだ。今日はたまたま部活が休みで、妹の迎えに来てたんだ」
『それはまた……何という偶然』
友里のテレパシーに、篤史も同意見だった。
佐山がサッカー部に所属しており、そしてレギュラーだったことは知っている。まさか、そのキャプテンとこんなところで会うとは、予想外すぎる展開だ。
「今更と思われるかもしれないが、うちの後輩が迷惑をかけた。すまない」
「い、いえ、先輩に謝られるようなことじゃ……」
「いや。あいつが今みたいになってるのは、俺らのせいでもあるんだ」
『? どういうことでしょうか。ハッ、まさか佐山君の怪我は、女子マネージャーとの恋愛から始まったサッカー部全員からのいじめが原因で……!?』
『おいこら何物騒なこと考えてやがる。一々お前は発想が危険なんだよ。妄想も大概にしろよ』
何の根拠もなく、そんなことを考えるところからして、友里の妄想癖が危ないものであることは確かだろう。
と、そんなことを言い合っているとは知らない岸原は、話を続ける。
「自分で言うのも何だが、うちはそれなりに強豪でな。県内じゃいつもトップ争いをしている。で、今のレギュラーはほとんどが三年で、唯一の二年が佐山なんだ。自分以外上級生って状況が、あいつにとってはプレッシャーだったんだろう。絶対に失敗はできない、負けられない。そんな気持ちが、あいつに過剰な練習をさせてしまった。それに俺達は一切気づくことができなかったんだ」
キャプテンならば、チームメイトの異変に気付くのは当然のこと。だからこそ、それを察知してやれなかったことが、何より悔しいのだと、岸原は言う。
「そんなこともあってか、今、あいつと俺たちはちょっと距離を置いてるんだ。いや、正確にはあいつに部と距離を置けと言ったのは、俺なんだが」
「それはどうして?」
「あいつがサッカー好きなのは知ってるからな。他の奴が練習してる姿をずっと見てるなんて、あいつにとっては辛すぎることだ。ってか、もしかすれば、無理やり練習に混ざろうとするかもしれない。だから、早く怪我直して復帰しろ、って言ってるんだが……まぁ、それはそれで、あいつにはキツイ状況なんだろう。なにせ、本当に好きなことを取り上げられてるんだ。腐っちまっても仕方ない、のかもしれない」
自分にはこれしかない。これがやりたい、と思える人間はどれだけいるだろうか。
佐山にとって、それがサッカーであり、そして彼はその大事なものを失ってしまった。無論、それは練習のし過ぎであり、己の責任。
だが、それも強くなりたいという気持ちからのものだった。
「あいつさ。本当にサッカーが大好きで、人一倍努力してるんだ。それは俺だけじゃなくて、サッカー部の誰もが知ってる。そして、皆早く復帰してほしいって思ってるんだ。何せ、あいつはウチのエースだからな」
笑みを浮かべてそんなことを言う岸原。
その言葉に嘘はないのだと、篤史は直感で感じ取った。
そしてだからこそ、理解する。
佐山はこの人だけではなく、サッカー部全員から期待されている存在なのだと。だから、彼はクラスのカーストトップにいられたのだろう、と。
「まぁそれでも人様に迷惑をかけていい理由なんてこれっぽっちもない。だから、またあの馬鹿が何かしたら俺にいってくれ。先輩として、ガツンと言ってやるから……っと、もうこんな時間だ。それじゃあな、二人とも。ほら、陽菜も」
「うんっ。ばいばーい!」
そう言って、岸原と陽菜はその場を去っていく。
手を振る少女に対し、篤史と友里は共にぎこちないながらも、手を振って返しながら、その後ろ姿をみていた。
『いや~、意外でした。まさか、佐山君がサッカー部のエースだったとは。普段の彼からは、正直、全く、これっぽっちも、考えられませんね。まさに驚天動地の新事実です』
『いや、その言い方はあまりにひどくないか……?』
『いやいや、篤史さん。何を言ってるんですか。今までの彼の言動やら行動を見れば、きっと大多数の人が私と同意見だと思いますよ。それこそ、顔面に一撃喰らわせたいくらいに』
それは言い過ぎだ……とは、流石の篤史も思わなかった。
佐山の言動やら行動に一番の被害を受けているのは篤史だ。故に、思うところはあるし、正直なところ苛立ったこともある。
そして、岸原の言葉を聞いて、改めて思う。
どうして、佐山は、自分にばかりつっかかってくるのだろうか、と。
最新話投稿です!
面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・評価の方、よろしくお願い致します。