三十四話 迷子の迷子の幼女
そこにいたのは、短い茶髪をツインテール状にした五、六歳程度の少女だった。
『あ、篤史さん。こんなかわいい妹さんがいたんですか?』
『んなわけあるか』
素っ頓狂な友里の言葉にツッコミを入れる篤史。
しかし、そんなことをしても現状が変わるわけもなく、篤史のズボンの端を掴んでいる少女は不安げな表情をより深くさせる。
「あれ、お兄ちゃんじゃない……お兄ちゃんどこ……どこに行ったの……ふぇ……」
刹那、篤史たちは理解する。
これはまずい、と。
しかし、そう思った時には既に遅く。
「うぇぇぇえええええええん……!!」
少女の中にあった不安が一気に爆発したか如く、その瞳から涙が洪水の如く、流れ出していく。
迷子になり、一人寂しかった少女からすれば、それは当然の反応だと言えるだろう。
だからこそ、問題なのは、それに立ち会ってしまった二人の対応だった。
『ちょ、ど、どどど、どうしましょう、篤史さん! こ、ここ、こういう時は、あれですかね。高い高いをしてあげれば……よし、篤史さん、一丁お願いします!』
『阿呆か!! 知らない男にそんなことされたら余計に泣くだろっ。しかも俺だぞ!! この俺だぞ!! 俺なんかが小さい女の子を抱っこしただけでも通報モンだわ!!』
『こんな時に自己評価低い発言はいいですから!! ああでも、このままじゃほんとにまずいですって……!!』
その通りである。
昨今は、子供に挨拶しただけで、犯罪者ではないかと思われる時代だ。本来なら関わらないのが一番なのだが、しかし泣いている子供を放置することの方がよほど問題である。
『そ、そうだな……仕方ない。アレをやるか』
『アレ? 何かあるんですか、篤史さん』
『まぁな。けど、あんまり期待するなよ』
と、覚悟を決めながら、篤史はその場にかがんで、少女と同じ目線になる。
「ほ、ほーら、お嬢ちゃん。これを見てくれないか?」
ぎこちない笑みと言葉。そんな彼の言葉に、少女は泣きながらも反応した。
「ひくっ……ひくっ……何……? 飴玉?」
『あっ、それさっきの喫茶店で無料で配ってたやつですね』
篤史が取り出したのは、喫茶店のレジのところで無料に配布されていた飴玉。
「この飴玉をよーく見ててくれ」
言われ、右の手のひらにある飴玉を少女はじーっと見ていた。ちなみに、後ろにいる友里も奇妙に思いながら、同じように飴玉を見つめている。
すると、篤史は手のひらを閉じ、ぎゅっと握りしめた。
そして、開かれると……先ほどまであった飴玉はどこにもなくなっていた。
「あっ、なくなった」
『ホントだ。なくなってる』
同じ反応をする二人は、不思議そうに篤史の右手を凝視していた。
「どこにいったの?」
「お嬢ちゃん。右のポケットを見てごらん」
と、少女の右ポケットを指さしながら言う篤史。その言葉通りに、少女は自らのポケットをさぐると、そこから先ほどと同じ飴玉が出てきた。
「わぁ!! いつの間にか入ってた!! 凄い凄い!!」
「お嬢ちゃんにあげるよ。プレゼントだ」
驚く少女に篤史はそんな言葉を言う。
最早、少女の瞳からは涙はなくなり、その顔には笑みがあふれていた。
『あ、篤史さん、手品とかできたんですか……』
『まぁな。前にも言ったが、母さんは昔マジシャンだったんだ。その母さんに、時々教えてもらったことがあってな。これくらいなら、朝飯前だ』
瞬間移動のマジック。定番ではあるが、しかし子供を驚かすにはこの程度がちょうどいい。現に、先ほどまで不安一色だった少女の顔に明るさが取り戻されている。
『ちなみに今のはどうやったんですか?』
『簡単だよ。右手の飴玉に集中させている間に、左手であの子のポケットの中に別の飴玉を気づかれないよういれたんだよ。で、右手の飴玉は閉じる一瞬、指を使って、袖の奥に隠したんだ。そうすれば、飴玉は右手からなくなって、ポケットに飴玉が瞬間移動したように見えるってことだ』
『…………、』
『おい、何だよ』
『いや、滅茶苦茶難しいことをさも当然かのように言っているので、ちょっとびっくりしてまして……』
右手に集中させている時に左手で飴玉をしこんだとか、右手を閉じるその一瞬で指を使って飴玉を袖の中に隠すとか、普通の人間にはできない。
それをまるで当たり前にできると言わんばかりの篤史に対し、友里はちょっとイラッときた。
「お兄ちゃんは、マジシャンなの?」
そんな二人の脳内会話を知らない少女は、純粋な問いを投げかけてくる。
「え? いや、そういうわけじゃ……」
「そうです。この人は物凄いマジシャンなんですよ」
刹那。
友里は、そんなとんでもない発言をしたのだった。
「はっ、ちょ、お前な……」
「だったら、もっとマジックみたいなっ!!」
虚をつかれたように狼狽する篤史に対し、そんなことなど知らない少女はもっとマジックが見たいとせがんできた。
『だ、そうですが、どうします? 篤史さん』
『白澤……テメェ、後で覚えとけよ』
心の中で怒りの言葉を零しながらも、篤史はぎこちない笑みを浮かべる。
「わ、分かった。なら、次は―――」
そういいながら、篤史は次々とマジックを披露したのだった。
その度に笑顔になる少女の顔を見て、篤史は思う。
子供の笑顔って、ある意味卑怯だな、と。
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