三話 無口美少女の真実
「つまり、お前が噂の『声』の主で間違いないな?」
『あ、はいそうです……』
篤史の問いに、友里は正座しながらあっさりと肯定した。
まるで肩身が狭そうに自分の体を縮めている彼女に対し、篤史は続けて言う。
「っていうか、そろそろ頭の中に直接しゃべりかけるのやめろよ。こうして面と向かってんだからさ」
『え、嫌です。絶対無理です。他人と喋るのとか、めっちゃ苦手なんで』
「その態度でそれを言うのは無理があると思うぞ……」
顔は無表情のままだが、心の声が駄々洩れである。
というか、今更ながら、顔と心が全く一致していない。本当に本人なのかと疑ってしまうレベル。ポーカーフェイス、といってしまえばそれまでだが、それにしたって、感情が顔に出なさすぎだ。
「っつか、何でさっきみたいなことしてたんだ?」
『えー、それはそのー……知らない人が来たら、怖いじゃないですか。だから追っ払ってただけです』
「えぇ……」
篤史が怖かった、というわけではなく、単に知らない人が来たら怖い、などという単純な理由に、思わず呆れの声が漏れる。
その気持ちを篤史は分からんでもない。だが、だからと言って、テレパシーをわざわざ使ってやるようなことではないはずだ。
『いや、っていうか、何でこの場面で平然としてられるんですか? 普通はびっくりするどころの話じゃないでしょ』
その指摘は御尤も。頭の中で知らない人間の声が聞こえれば、驚くのは当然であり、気味が悪いと思うはずだ。だからこそ、今まで彼女に追い返された連中はそれなりに多い。
それが篤史に通用しなかった理由はただ一つ。
「簡単だよ。俺もお前と同じようなもんだってことだよ」
言いながら、篤史は己の鼻を二回ほど指で小突いた。
「俺の鼻は特殊でな。超能力者の匂いを嗅ぎ分けることができるんだよ。だから、匂いを追って、お前のところまでたどり着いたってわけだ」
『えぇ~。嘘くさーい』
「自分も超能力者のくせによく言えるなそんなセリフ……」
嘘くさい、という言葉そのものは否定できない。普通の人間からしてみれば、超能力者がいること自体、信じられないことなのだから。それを嗅ぎ分ける鼻を持っている、などと言っても実証のしようがない。
しかし、それでも目の前の少女にだけは言われたくはなかった。
『まぁでも実際一発で私のことを見つけられたんですから、本当なんでしょう。信じます』
と、あっさりと先ほどの自分の言葉を撤回する友里。
そのあっけらかんとした態度に、調子を崩されつつも、篤史は続けて言う。
「で。学校でも有名人なお前が、何でまたこんなところにいるんだよ」
篤史の言葉に、思うところがあったのか、友里は目を細めながら言葉を返す。
『……有名人だからこそ、ですよ。私、色々と目立つので、色んな人に話しかけられるんですよ。それこそ、昼休みとか、隙あらば陽キャどもが「白澤さーん、ごはん一緒にどう?」とか誘ってくるんですよ? そんな地獄、耐えられます?』
「いや、地獄って……」
ひどい言いようだ。
そんな感想を口にする暇もなく、友里の言葉は止まらない。
『私は平和に、穏やかに学校生活を過ごしたいんですよ。なのに、クラスカースト上位の連中と付き合えば、そんなこともできなくなる。クラスの女子同士の陰口大会に巻き込まれ、誰が好きなの? とかよく分からない女子トークにねじ込まれ、あまつさえ放課後は常に一緒のグループで下校しなきゃいけない。そんな縛られた生活、無理、絶対に無理です!』
「うん。とりあえず、お前が陽キャと呼ばれる連中に対し、どんな気持ちを抱いているのかはよく分かった」
篤史も陽キャと呼ばれる人種ではない。そして、彼らに苦手意識があるのも事実だ。だが、流石に友里のようなことを思ったことはない。
これも男子と女子の差、というやつなのだろうか。
「なら、本当の自分をさっさとぶちまければいいじゃねぇか」
『山上さん。貴方阿呆ですか? 私が、超絶根暗オタク陰キャだと分かれば、それこそ噂のネタとして広がるのは必至。それこそ、安寧とした学校生活なんて送れるわけがありません』
それは確かに、その通りである。
友里は中身はともかく、顔やスタイルは一級品、いや、超一級品だ。それこそ、周りの人間が『妖精』などと言う程。そんな彼女が、実はアニメやゲーム好きのオタク、と知れ渡れば、噂になるのは必至。となれば、それを隠そうとするのは自然なことなのだろう。
『なので、その……このことは黙っていてくれると、非常に助かるんですが……』
「ん……? ああ。別に構わねぇよ」
さも当然と言わんばかりの言葉。
それに対し、友里は目を丸くさせていた。
『……え? 本当? 本当ですか?』
「何だよ。文句でもあるのか?」
『文句なんてとんでもない! ただ、その……あとで変なことを要求されたらどうしようかと。黙っててやるから、いやらしい写真を一枚とらせろ、とか。そして、その写真をネタにして、もっと過激な要求をされるとか……』
「お前ホント凄い妄想するのな」
というか、女子がそんなことを口にするのはどうかと思うが……いや、口には出していないか。
しかし、何にしろ、白澤友里という少女が、色々とダメ人間であるというのは、この数分で察することができた。
「単純な話、お前がテレパシー能力者だって言って、信じてもらえると思うか? それこそ、今や学校一の嫌われ者である俺が、そんなことを口にしたところで、誰も相手にしてくれねぇよ。それどころか、頭がおかしくなったって思われるだけだろ」
『それは……』
否定の言葉を述べない友里。流石の彼女も、篤史の噂については知っているようだった。そして、先ほど彼が述べたように、そんな篤史が友里の秘密をバラしたところでメリットなど一つもない。むしろ、馬鹿が何か騒いでいる程度の認識しかされないだろう。
「まぁ、でも一つだけ要求したいことはあるんだが……」
『すみません流石に裸の写真はちょっと……』
「誰もそんなこと言ってねぇし、考えてもねぇだろうが……明日から、ここを使わせてほしいってだけだ。まぁ、使うと言っても、外のベンチで昼めし食ったり、昼寝したりするだけだ。お前の聖域を汚すようなことはしねぇよ」
『それは、まぁ……別に構いませんけど』
未だ半信半疑の友里。そんな彼女の態度は、しかし当然のものだろう。今日いきなりあった、というわけではないが、しかしほとんど喋ったことがないクラスメイトに自分の秘密を知られたのだ。警戒するのは当然のこと。
ゆえに、その点については何も言わず、篤史はとりあえず、感謝の言葉を口にした。
「そうか。あんがとよ」
そして。
まるで、二人の会話に合わせたかのように、チャイムが鳴ったのだった。
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