二十九話 他人が怒ってると自分は冷静になるよね
『何ですか何なんですか、あれはっ。人に告白してきたかと思えば、クラスメイトの悪口言うとか、何考えてるんでしょうね。自分の印象落としてることに気が付いているんですかね? っていうか、クラスの皆が力になる? ハッ、冗談よしてください。そんなもの、こっちから願い下げですよ。噂に惑わされるのは理解しますが、それを全部鵜呑みにして、一人を標的に悪口言いまくる連中の手なんか、借りたくもないですし。ああ、もう思い出しただけでイライラしてきました! そういうわけで、篤史さん、カレーおかわりですっ!』
「へいへい」
言いながら、篤史はおかわりのカレーをつぐ。
あの後、友里は篤史の家にやってきて、夕食を御馳走になっていた。いや、正確には、夕食を食べながらの愚痴大会を開いているわけなのだが。
友里曰く『篤史さん、今日は篤史さんの家でパーッとごはんでも食べて鬱憤を晴らしましょう!』とのことだったが、正直なところ、友里の方が滅茶苦茶食べている状態だ。
何故、篤史の家なのか。そして、何故篤史が料理を作らされているのか。色々とツッコミどころ満載ではあるが、けれど篤史は別に構わなかった。
「あー、その、なんだ……ありがとな、白澤。俺のためにそんなに怒ってくれてよ」
『当然じゃないですか。友達があそこまで馬鹿にされて、怒らない人間がいますか』
さらりとそんなことを言えてしまう友里。
彼女の言葉に表裏はない。だからこそ、気恥ずかしくも、少しうれしく思う篤史であった。
「けどよ。あんまり橋田を悪く言うなよ。あいつは、お前のことを想って言ったんだからよ」
『え? 篤史さん何言ってんですか。何であの人のフォローしてるんですか。ちょっと引くんですけど』
「そこまでか」
『だって、あの人の言葉、聞いたでしょう? 何ですか、私と篤史さんがいることが、あるはずがないのにって。何ですか、人が誰と一緒にいるのか、そんなのを判断するほど貴方たちは偉いんですかって話ですよ』
それは全く持って同意見だ。
人が誰とどうしていようと、それはその個人の自由。あの人とあの人は一緒にいてはいけないだの、そんなことを決める権利など、当人たち以外にはないのだ。
しかし、今回の場合は少し特殊であるのも事実であった。
「けどよ。よく考えてみろよ。あの妙な噂がたった後に、俺たちはつるむようになった。真実を知らない連中からしてみれば、妙な噂の強面男がクラスメイトの女とつるんでいる……心配するだろ普通」
『いや、まぁ確かにエロ漫画とかだとそれ確実にN〇Rルートや調〇ルート直行ですけど……』
「そのたとえはどうなんだ……まぁ人間、直接見えるもの、聞こえるものを信じる生き物だ。噂を鵜呑みにするな、とはよく言うが、それでも噂を聞けば、疑問や疑念を抱いちまう。それを真っ向から否定できるのは、当事者くらいだろうよ。そして、否定したところで、誰も信じちゃくれない」
現代のネット社会がそのいい例だ。SNSなどで広まった噂や情報。それらを何の疑いもなく信じる者は、それなりに多い。無論、本当のことを言っていることもあるが、中には他人を蹴落としたり、騙したりするために流されているものもある。
それによって、傷つく人間は、かなりいるはず。
けれども、本人がどれだけ否定しても、誰も信用してくれない。それが今の世の中の仕組みだ。
「それに、この件については、俺にも責任がある。翼のことがあるとはいえ、結局俺は何もしなかったし、言わなかった。ただ流されるように今の立ち位置にいる。そんな奴が、文句を言える資格はねぇんだよ。まぁ、胸糞悪いとは思っているがな」
その言葉に、友里の表情が変化する。
具体的には、少し目を細め、どこか呆れた様子な視線を向けてきていた。
『篤史さん……前々から思ってましたけど、ちょっと自己評価低すぎません? 自分は他人から色々言われても仕方ないんだー的なオーラを時々感じますし。ここはもっと、「ちっ、何だあの眼鏡。カチ割るぞコラ」的なことでも愚痴っていい場面なんですよ?』
「いや、まぁそうなのかもしれないが……」
『っていうか、先生も先生です。確かに篤史さんに言われてるからってのは分かりますけど、あそこまで変な噂が流れてて、何の対処もしないとか。それはちょっとどうかなと私は思う所存なのですが』
「まぁ、先生も俺なんかのことだけにかまけてるわけにはいかないだろ」
『あっ、ほらまた出た。自己評価低い発言。ダメですよ~、人間、自分はダメなんだぁ、って思ってたらいつか腐っちゃうんですから。ウチの部長、とまでは言いませんが、もっと自分に自信をもってください』
「……ああ。そうだな。努力するよ」
苦笑しながら、篤史は呟く。
きっと、友里は気づいていないのだろう。篤史が、何故怒っていないのか。
友里は篤史が自己評価が低い、と言っていたが、彼とて人間だ。自分の悪口を言われればムカつくし、腹も立つ。愚痴の一つや二つ、零したくもなる。
だが、そうしないのは、他でもない、友里が自分のために怒ってくれているから、ということを。
こんな自分のために、ここまでムキになってくれる友人がいる。
そのことを確認できた嬉しさの方が、苛立ちや怒りよりも遥かにまさっているのだ。
(ほんと、ありがとよ)
心の中でもう一度感謝の言葉を告げる。
と、そこで携帯が不意になりだした。
ポケットからスマフォを取り出し、画面に表示されている名前を見て、一瞬「げっ」という表情を浮かべる篤史。
だが、とらないわけにもいかないので、渋々通話ボタンを押す。
すると。
『―――おっ、ようやく出たな。元気にしてるか、息子』
聞きなれた、父親の声が聞こえてきたのだった。
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