二十八話 あっちゃいけないこと
そして放課後。
『あ、ああ、篤史さん! いますか、いますよね、いてくださいよ本当に!!』
『ああいるから。ちゃんといるから安心しろよ』
指定されたベンチ。それが見える裏校舎の二階から、篤史は友里の様子を伺っていた。
友里曰く、もしかすれば、周りで誰か見ているかもしれない。それを見つけるために、篤史は見張り役にされた、というわけだ。
そのため、友里とのテレパシーはずっと『通話中』になっており、篤史から友里に色々と助言することもできる状態だ。
……まぁ、などというのは、建前で、本当は一人で告白を受ける勇気がなかっただけなのだろうが。
などと思っていると、人影が、友里の方へと近づいていくのが見えた。
(あいつか……)
やってきたのは、一人の少年。
冴えない顔に、どこかボサボサしている黒髪。これといった特徴はなく、顔も、やはりというべきか、見覚えがなかった。
「貴方が、橋田さん?」
「う、うん。そうですっ。橋田学です! そのえっと……来てくれて、ありがとう」
緊張しているのか、詰まりまくった言葉で、挨拶と礼を言う橋田。
「それで、伝えたいことって何ですか?」
そんな彼に対し、友里は直球の疑問をぶつけた。
『いきなりだな』
『だって、こういうのってだらだらと引き延ばしても気まずくなるだけでしょう!?』
と、彼女自身、かなりテンパっている状態である。
しかし、橋田はそんな友里の状態など知らないため、大きな深呼吸をしてから、覚悟を決めた言葉を口にした。
「あ、あの……白澤さん! 一目見た時から、す、好きでした! 付き合ってください!」
大きく一礼しながらの告白。
それに対し、友里は。
「……ごめんなさい」
ばっさりと。
たった一言で、切り捨てたのだった。
『……これまた一刀両断だな』
『仕方ないでしょう!? ほとんど今日初めて顔を合わせた人と、いきなり恋人になれるわけないじゃないですか!!』
それは確かにご尤も。
橋田の覚悟は相当のもの……なのだろう。人生で女子に告白をしたことがない篤史からしてみれば、それがどれだけのことなのか、正直分かりかねる。
けれども、やはりいきなり告白、というのは些かどうなのだろうか。
その前に少しお近づきになって、互いのことをちょっと知りつつ、相手に自分をアピールした上で、告白する。それが、篤史の中での告白のイメージだった。
誰しも、今日初めて会った人に好きです、と言われても信じられるわけがない。それこそ、知り合い程度にまで距離を縮めるべきだろう。
「え、えっと……もしかして、もう、誰かと付き合ってたり、するの?」
「そうじゃありません。ただ……今は、誰かとお付き合いするとか、そんな余裕がないので……」
「そ、そうなんだ……何か、ごめん」
「いえ、こちらこそ……」
会話がちぐはぐになっていく。それも仕方のないことだ。告白して、断られた。これほど、気まずい空気というのも、中々ないのだから。
「あ、あの……でも、一つ聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「何ですか?」
ここに来て、
未練がましい、と言えばそうかもしれないが、しかし篤史にはどうもそんな風にはみえなかった。
そして。
「もしかして……白澤さんが誰とも付き合えないのって、山上君が関わってる?」
そんな言葉が出てきたものだから、篤史も友里も同時に驚いてしまう。
「どうして、そう思うんですか?」
ここで、どうして篤史の名前が出てくるのか。友里は無論、篤史本人も首を傾げてしまうような質問である。
「今、みんなが噂しているから。山上君が、白澤さんの弱みを握って、好き放題してるって」
「………………え?」
『………………は?』
刹那。
今度は、二人同時に声を出して、目を丸めてしまった。
「傘の時も、この前のテストの時も、何だか様子がおかしいって……山上君と白澤さんが一緒にいるなんて、そんなことあるわけないのにって……」
「…………、」
そんなことあるわけないのに。
確かに、橋田はそう言った。
けれど、何故だろうか。
篤史には、「そんなこと、あっちゃいけないのに」と言われたような気がしたのだ。
だが、考えてみればそれもそうだろう。
クラスの連中からしてみれば、篤史は不良、問題児、劣等生。一方の友里は、ミステリアスな学校で一、二を争う美少女。まさに美女と野獣。
そんな二人が一緒にいることなんて、想像できないし、したくもない。
それは、綺麗な花に、泥をぶちまけるような行為だから。
ゆえに、あるわけがない。いいや、あっちゃいけない。
真実なんてものは関係ない。それがクラスのほとんどの評価であり、想いなのだ、とこの時篤史は理解したのだった。
「もしも本当に、本当に山上君に何かされてるんだったら、僕、力になるよ。ううん。僕だけじゃない、きっとクラスの皆が、君に力を貸してあげるはずだよ。だから……」
「そんな事実はありません」
と。
橋田の言葉が言い終わる前に、友里ははっきりと否定の言葉を述べた。
それは、今までのような、ちぐはぐな言葉ではない。
力強い、そして何より意思のある言葉だと、篤史には思えたのだった。
「私が山上さんに何か弱みを握られているなんて事実は一切ありません。事実無根です。確かに、最近ちょっとお世話になっていましたが、それだけです。貴方たちが噂しているようなことは一切ありません」
「……そ、そうなんだ」
「あと、これは余計なお世話かもしれませんが、クラスメイトのことをそんな風に悪く言うのはあまりよろしくないかと。それこそ、全くのデタラメなことであるのなら、尚更」
「そ、そうだよね。うん……」
「話は終わりですか? なら、私はこれで失礼します」
そう言って、友里は踵を返し、その場を去る。
『行きましょう、篤史さん』
『お、おう……』
思わず、友里のテレパシーにそんな言葉で返す篤史。
予想外の話が出たために、何も言えなくなった、という理由もある。
だが、それ以上に、だ。
篤史には、友里が……少し、怒っているように思えて、話しかけられなかったのだった。
最新話投稿です!
面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・評価の方、よろしくお願い致します。