二十七話 超能力も適度が一番
篤史と友里が映画に行ってから十日後。
朝の教室が、やけに奇妙な雰囲気を漂わせていたことに、篤史は気づく。
(何だ、この空気……)
クラス中の視線が、篤史に向けられている。
無論、それは好意的なものではない。疑問や疑念、中にはとげとげしいまでの憎悪や嫌悪といったものまである。
確実に、篤史関連のことで、クラスの雰囲気がおかしい。
だが、当の本人である篤史には、とんと記憶にないことだった。
(いつものような、あの噂関連じゃなさそうだが……)
視線は向けられるものの、誰も話してこない。互いに何か話しているものの、その内容が入ってこないのだ。以前はわざと、こちらに聞こえるようにしていたというのに、今度は絶対に耳にいれない、と言わんばかり。
目の前で話しているくせに、何という矛盾なのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいいとして、だ。
(誰かに話を聞く……わけにはいかないだろうな。聞いたところで、答えちゃくれないだろうし)
そもそも、自分関連の事であるのなら、本人が「何の噂してるんだ」と聞いたところで、まともな答えが返ってくるとは到底思えない。
(あとで委員長にでも聞いておくか)
クラスのことをよく見ている彼ならば、何かしっているのかもしれない。
内容によっては少し長話になる可能性もある。だとするのなら、小休憩ではなく、昼休みか放課後に聞くのがベストだろう。
などと考えていたのだが……。
『ああああああつしさぁぁぁぁああああああん!!』
無表情で教室に入ってきた友里から、叫びのようなテレパシーが送られてくる。
『朝から叫ぶな。いつも言ってるだろうが。それで、どうしたんだよ』
『緊急事態です!! 昼休み、作戦会議を開くので、部室に直行でお願いします!』
『いや、今日の昼休みはちょっと……』
『お願いします! 私の人生に物凄くかかわることなので!!』
『ええ……』
圧の凄いテレパシーに、篤史は断ることができず、呆れながらも、渋々承諾する。
こうして、篤史の昼休みは友里の相談でつぶれることになったのだった。
*
そして昼休み。
部室に来ていた篤史は、友里の作戦会議とやらに巻き込まれていた。
『これ、どう思いますか……?』
言いながら、取り出されたのは、一枚のメモ。
その内容は。
【お伝えしたいことがあります。今日の放課後、裏校舎のベンチのところまで来てください 同じクラスの橋田より】
などという一文が、書かれていた。
「んー……何の捻りもない答えで言うのなら……ラブレターか?」
最後、疑問形になりつつ言葉を口に、友里はがっくりと項垂れた。
『ですよねぇ……そうとしか思えませんよな、この字面は』
「にしても、今時珍しいな、ラブレターなんて」
『ええ。私もそう思います。というか、こんなものが、現実に存在しているだなんて……ラノベとか漫画とかの話だけかと思ってました』
本当なら、そういうことをしている者もいるのかもしれない。しかし、篤史や友里がいた環境下では、ラブレターで放課後に呼び出す、なんてこととは無縁だったのだ。
『というか、これ、どうしましょう……』
「どうするも何も、とりあえずは放課後は、行ってやれよ。こうやってわざわざ自分の名前まで出して、ラブレター出してんだ。それなりの覚悟は、あるんだろ」
『いや、まぁその点に関しては好感は持てますが……正直、私、誰かと付き合うとか絶対無理ですから。少なくとも、一度も話したことがない相手とは』
「一度も話したことがないっていうのは大げさだろ。一緒のクラスなんだから」
『じゃあ、篤史さん。この橋田さんって人と話したこと、あります?』
「……ないな」
そこで、ようやく篤史は自分の言葉が無粋であったことを理解する。
篤史も友里も、正直なところ、クラスの全員の顔と名前を憶えているわけではない。当然だ。篤史の場合は彼らに嫌われているし、友里の場合はそもそも交友関係を持つつもりが一切ないのだから。
『はぁ……あ、もしかして、これ、どっきりだったりして。何かの罰ゲームとか』
「何でお前に告白するのが罰ゲームになるんだよ。っつか、そもそもこれまでの人生の中で、こういうこと、されたことねぇのか? お前なら、告白の一度や二度、されてそうだが」
『ふっ。甘いですね、篤史さん。私がそんなモテ女子だとでも? そもそも、告白されるかもしれない、という展開すら起きないよう、交友関係はなかったんですよ』
ドヤ顔で言う友里に対し、篤史は思う。
だから、そういうことを堂々と言うんじゃない、残念妖精。
毎度のことながら、ちょっとこっちまで哀しくなるだろうが。
「なんにしても、行くだけ行ってやれよ」
『いや、それはそうかもしれませんが……これが万が一、何かの罠だとしたら、どうするんですか』
「何でお前はそうなんでも疑ってかかるんだよ。っつか、だったらお前のテレパシー能力で心を読めばいいじゃねぇか」
『何言ってるですか、篤史さん。私のテレパシー能力は、そんな便利なもんじゃありません。そもそも、こちらからテレパシーを送って、相手が応答しないとやり取りできませんし。送れる相手も一人限定です。言ってしまえば、電話と同じようなものですね』
「ああ、なるほど」
友里の説明に、篤史は納得の言葉を口にする。
そういえば、テレパシーを毎回使っている時は、友里の方から声をかけてきていたものだ。
『加えて言うのなら、テレパシーで返ってくるのも、表層意識っていうか、口に出そうとしているような内容が返ってくるだけで、本当の心とか、心の奥とかは一切見れませんし、聞くこともできません』
「そうなのか」
『はい。けど、個人的にはこれくらいの能力で丁度いいとは思ってますけど。相手の心を隅から隅まで聞くことができる、なんてのは正直嫌ですからね。聞きたくないことまで聞こえそうですし』
その理屈は、何となく理解できる。
相手の心を読めば、確かに嘘をついているかどうか判断できるし、知りたいことも知ることができるだろう。だが、逆に聞きたくないこと、知りたくないことまで聞こえてくるとなれば、いくら便利でも使いたいとは思えないものだ。
『以上から、私は相手が嘘をついているかどうか、判断できません。そこで篤史さん。とりあえず―――放課後一緒に来てくださいね』
「……はぁ?」
刹那、篤史は思う。
何故、その結論になるのか、と。
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