二十五話 眼鏡委員長が映画オタクで何が悪い
※皆さん。委員長のこと、忘れないでやってください(切実
「―――まさか、お前がこの映画を見に来ていたとは。全く持って、予想外だ。いや、もしかすれば、オタク気質があるのでは、とは前々から思っていたが、まさかこんなところで会うとはな。偶然というものは、本当にあるようだ」
「……俺はお前の今の恰好の方が、まさかだよ」
今の柊のは、まさにオタクと言うべき恰好であった。
『リベンジマンズ』のロゴが入ったTシャツに、それぞれのキャラクターがデザインされているバック。そして、そのバックについている缶バッチもまた、各ヒーローたちのものであった。
「真面目が服を着て歩いているようなお前が、まさかここまでこのシリーズに嵌っていたとはな」
「むっ。そんなにおかしなことか?」
「……いや。おかしくはないんだろうが……その恰好、どうにかならなかったのか?」
「これは俺の正装のようなものだ。このシリーズを見に来る際は、常にこの恰好だからな」
「まじか……俺の中の委員長像がどんどん崩れていく……」
「ちなみに、今日で三度目だ」
「うん、今ので木っ端微塵になったわ」
成績優秀。頭脳明晰。そしてスポーツ万能。
そんな男が、ここまで郷に入ったオタクな恰好をしていると、誰が予想できようか。
などと驚いている篤史を他所に、柊は別の話を振ってくる。
「話は変わるが、お前、また佐山に絡まれたらしいな」
「それは……」
と、そこで篤史は思い出す。
そういえば、前回佐山に絡まれた時には、柊がその場にいなかったな、と。
「そんな顔をするな。別にそのことについて、どうこういうつもりはない。事情は先生から聞いたしな。お前は何も悪くないことも。ただ……こんなことを俺が言うのも何なんだが、あんまり気にするなよ。今のあいつは、少し情緒が不安定だからな」
「不安定?」
「佐山はサッカー部に所属してて、レギュラーにも入っていたんだが……先日、練習中に怪我をして、レギュラーから外されたらしい。一見、分からないが、激しい運動はダメという話だ」
「ああ、なるほど……」
佐山がサッカー部であることは知っていた。だというのに、ここ最近、部活に行くわけでもなく、クラスの仲間と下校していたのは、そのためだったのか。
練習での怪我。それをきっかけとしたレギュラーからの降格。
そして、篤史への態度。
「つまるところ、八つ当たりってところか」
「まぁ、そんなところだろう。何故お前なのか、なんて理由も大したものじゃないはずだ。ただ、その時、気に食わないと思ったのがお前だっただけだろうよ」
自分が誘った友里を横取りされたこと。
そして、今度は友里に勉強を教えようとしていたこと。
それが、レギュラーから外された苛立ちとごちゃまぜになった結果、篤史に過剰な反応をしている、というわけだ。
「怪我をしたのは佐山自身のせいだ。故に、八つ当たりなどもってのほか。言い訳にもならん……ただ、あれはあれで、色々と努力していたからな。怪我をしたのも、熱の入った練習のしすぎだったらしい。それで許してやれ、とは言わん。その必要性は全くない。だが、そういう理由がある、というのだけは知っておいてやってほしい」
などと、柊は最後まで一方的に佐山が悪いだけ、とは言わなかった。
それはきっと、委員長としての、彼なりの佐山への配慮なのだろう。
「また佐山が何かしてきた時は、すぐに俺に言え。なんでもしてやる、とは断言できんが、できるだけのフォローはしてやる」
「おいおい。いいのか? 俺なんかに肩入れして」
「別にお前に肩入れをしているわけじゃない。ただ、理不尽な行為を見過ごせないだけだ」
「そうですかい……にしても、流石は委員長。クラスの連中のこと、ホントよく見てるよな」
「当然だ。何せ、委員長だからな。クラスを観察し、まとめるのが俺の役目だ」
しかし。
「ただ……そんな俺でも、クラスについて、分からないことはある。今でいうのなら、お前に対しての噂だな。あんな戯言、一体全体、どこから出回ったのか、未だその元凶が分からないままだ。恐らくは、ウチのクラスから広まったはずなんだが……」
委員長としても、あの噂に関しては思うところがあるらしい。
しかし、噂とは出所が分からないのが常。調べたところで徒労に終わることが多い。そして何より、そんなことをしても、何の意味もないのだから。
「気にすんなって。もう広まっちまったもんはどうしようもない。今更犯人捜しをしても、それで何か解決するわけでもないだろ」
「それはそうだが……俺が恐れているのは、これからのことだ。先の噂が、悪ふざけで流されたのなら、まだいい。だが……誰かの故意によるものなら、相当タチが悪い。そしてだからこそ、何かもっと陰湿なことをやりかねん」
「おいおい。もう俺は学校の嫌われ者だぞ? これ以上、何をどうするっていうんだよ」
「それはそうだが……」
と、続けて何か言いたげだった柊だが、首を横に振って、苦笑する。
「……いや、やめよう。今から映画を観ようというのに、暗い話ばかりしていては、空気が悪くなるだけだ……と、そろそろ上映時間だ。俺はこれで失礼する。お邪魔虫にはなりたくないのでな」
「? どういう意味だよ、それ」
「ポップコーンが一つだというのに、飲み物が二つ。ここから連想される答えは、一つしかあるまい?」
眼鏡をクイッと上げながら言う柊。
そんな彼に対し、篤史は何も言葉を口にしない。
今、自分が何を言っても、墓穴を掘るとしか思えなかったから。
「じゃあな。『彼女』にもよろしく言っておいてくれ」
そう言い残し、柊はその場から去っていく。
どうやら、墓穴を掘るも何もなかったようで、最初から気づかれていたらしい。
恐るべき直感。加えて、先ほどの言葉の数々。これが普段の彼ならば、文句無しの好青年と言えるだろう。
ゆえに。
「……ホント、あの恰好を除けば、いいこと言ってんだけどなぁ……」
心の底から、篤史はそう思ったのだった。
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