二十一話 真の陽キャとは
「か、亀下部長。大丈夫っすか?」
「ふ、ふふふ……大丈夫さ。白澤女史のマシンガントーク感想はいつものことだからな……」
などと言いつつも、亀下は四つん這いになっており、その両足はガタガタと震えている。よほど、友里の指摘が心にきているらしい。
(俺は部長のラノベ、滅茶苦茶面白いと思ったんだがな……)
確かに一癖二癖あったのは違いない。万人受けはしないだろう。だが、そこにある熱量や想いは本物だと感じ取れた。
いや、だからこそ、なのかもしれない。
先ほどの指摘の中で、友里は一度も「面白くない」とは一言も言っていないのだ。逆に好きだ、楽しかったと言っている。そのことから考えて、彼女も亀下の作品は好みのものなのだろう。そして、だからこそ、熱が入った指摘をしているのだ。
(あれだけ熱く語ってたんだ。好きな作品だからこその批評、なのかもな……)
まぁ、そのせいで作者のメンタルをボコボコにするのはどうかと思うが。
だが、そんなボロボロな亀下に対し、幼馴染は容赦ない一言を浴びせる。
「ほら、さっさと起きなさい。もうこんな時間だし、帰るわよ」
「うむ。そうだな。白澤女史に言われたことを反省とし、新しいものを書かなくてはいけないからな!」
瞬間、先ほどまで両足を震わせていた男は、一気に立ち上がり、元気のよい声でそんなことを言う。
あまりの復活の早さに、篤史は呆然としていた。
「もう立ち直ったんすか。凄いっすね……」
「それが彼の数少ない取り柄だから」
苦笑しながら、鶴見はそんな言葉を口にした。
と、そこで亀下は何かを思い出したかのような顔になりつつ、鞄の中に手を入れる。
「あっ、そうだ。白澤女史。よければなんだが、これ貰ってくれるか?」
「……っ!? こ、これは……!!」
取り出された二枚の紙を見て、友里の顔が真剣なものになる。
いつも無表情な彼女の顔に変化をもたらすもの。
それは。
『先日公開されたのアメコミ伝説映画の最終作『リベンジマンズ・フォーエバー』の映画チケットではないですかぁぁぁあああああああああっ!!』
心の雄たけびが聞こえてくる。
というか、何故そんなテレパシーを篤史に送ってくるのか。
『叫ぶな、喧しい』
『叫ぶな!? それは無理というものですよ、篤史さん!! この映画、超絶人気すぎて、ネット予約ですらとるのが難しいんです!! 現に私もここ数日何度もネット予約しようとしましたが、失敗に終わってるんです……その、映画のチケットが、ここにあるんですよ!! これで喜ばない人間がいますか!?』
などと熱弁してくる友里。
今の世の中、わざわざ映画館に行って、チケットを買わなくても、映画はネットから予約できるものだ。そのネットですらとれない状況だというのなら、相当なものだろう。
だとするのなら、友里が叫ぶのも当然と言えるのかもしれない。
「本当は凛子と行く予定だったんだがな、ちょっとした野暮用ができていけなくなったんだ」
「前に白澤さん、このシリーズが好きだって言ってた気がしたから。よかったら、代わりに行ってくれない?」
「そして、できれば山上少年も」
「俺も、ですか?」
「チケットは二枚だからな。本人の前で言うのはあれだが、白澤女史はこういった趣味の友達がいないのは俺もよく知っている。故に、一緒に行ってやってはくれないだろうか。勿論、山上少年が嫌でなければの話だが」
今の言葉だけで、彼が友里のことをよく理解しているのが伺えた。
加えて、さりげなくこちらに選択権を与えてくれるところからみて、篤史は、そういうところにも気を配れる人なんだ、と失礼ながら思ってしまった。
そして、その本人たる友里はというと。
『本当ですかマジですか神ですか先輩方!! いいえ神でしたね、ええそうですともお二人は私をこの部室を提供してくれている仏様でしたね、そうでした今再確認しました本当にありがとうございますそして一緒に映画に行きましょう篤史さぁぁぁあああん!!』
『オーケー、とりあえず、お前は一旦落ち着け』
今まさに、狂喜乱舞の途中であった。
無論、顔にも態度にも出さず、外見はチケットを見て呆然としている美少女そのもの。しかし、心の中では踊り狂っているかのような奇声をあげており、意味不明な言葉まで篤史のもとにテレパシーを送ってくる始末。
いつもながら思うが、何故にこうも外と中が違うのか。
「いいんですか? 俺もなんて」
「いいのよ。さっき総一郎が言ってたけど、このままだとチケットがもったいないから。それに、君には白澤さんがお世話になってるわけだし。そのお礼というわけじゃないけど、それで楽しんでもらえたら、こちらとしては嬉しいから」
などと、そんな言葉をかけてくれたものだから、篤史はつい思ってしまう。
何だこの二人。神か? それとも天使か?
自分の後輩のことをよく理解し、今日会ったばかりの篤史にまでさらっと気をまわしてくれる。正直、片方はキャラが濃いだのなんだのと思っていたが、どちらも人が良くできていると思えるのは、篤史の気のせいではないだろう。
そして、だからこそ思う。
友里が常日頃から陽キャがどうだこうだと言っているが、本当の陽キャというのは、彼らのような人間のことを指すのではないだろうか。
そして、そんな彼らの好意を無碍にする理由はどこにもなく。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
こうして、篤史は友里と一緒に映画を観に行くことになったのだった。
ちなみに。
『あ、でも俺、このシリーズ一つも見たことないんだが、大丈夫か?』
『は? それマジで言ってます?』
殺気すら混じっているかのようなテレパシーに、篤史は少し、背中が寒くなったのだった。
最新話投稿です!
面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・評価の方、よろしくお願い致します!