二話 昼寝中は静かにして
二人がお互いのことを認識したのは、一週間ほど前に遡る。
いつものように、篤史が教室に入ると、楽しい空気でお喋りしていたクラスメイト達が、一瞬にして口を閉ざす。それに対して篤史は何も言わず、ただ窓際の隅っこである自分の席に座るだけだった。
その後、周りからはヒソヒソとした声が聞こえてくる。
「うわ、山上じゃん。今日もまた来たわけ?」
「あいつ、どの面下げて学校に来てんだよ。噂じゃ、他校の女子生徒にストーカーした挙句、顔面殴ったんだろ?」
「ストーカーした上、女に手を上げるとか、マジ最低だな」
「あいつがいると、クラスの雰囲気下がるんだよなー」
「ぶっちゃけもう学校に来ないで欲しいんだけど」
言いたい放題である。
それも面と向かってではなく、陰口で言っているのだから、質が悪い。しかも、本人に聞こえるか聞こえないかの声で言っているのだから、尚更だ。
「こら、滅多なこと言うなよ、あいつ見た目通りに喧嘩は滅茶苦茶強いんだから。女子生徒に手を出したことの報復で、他校の連中と喧嘩になって、自分諸共、全員病院送りにした奴だぞ。何やってくるか、分かったもんじゃない」
「こういうのは、関わらないのが一番一番」
と、これまたわざとこちらに聞こえるか聞こえないか、微妙なところで話すクラスメイト達。
言うまでもないが、篤史のクラスのポジションは「不良」だ。
篤史が、どうしてこんな扱いをされているかというと、少し前から流されている「女子生徒をストーキングし、暴行を加えた上、報復しようとした他校の生徒を全員病院送りにした」という噂のせい。
無論、そんな事実はない……と言いたいところだが、全部が全部、作り話と言うわけではない。
他校の男子生徒と喧嘩し、全員病院送りにした上、自分も入院するはめになったのは、本当のこと。無論、それにはちゃんとした理由があり、それが考慮されたから、彼は今、こうして普通に学校にこれているのだ。
確かに、喧嘩をした事実は本当であり、それはお世辞にも褒められたことではない。
が、それにしても尾ひれがつきすぎた噂としか言えない。
(ちょっと考えれば分かるだろ……)
流石に、他校の生徒にストーキング行為した上、顔を殴り、他校の複数の生徒を病院送りにした、となれば、それは最早事件である。
そして、そんなニュースはどこにも流れておらず、篤史はこうしてここにいる。
それこそが、篤史が法に触れるようなことはしていないという証拠だ。
(ちっ。胸糞悪い……)
元々一人でいるのは昔からのことではあったが、こうもあからさまな態度をとられては、誰でも嫌な思いをするはずだろう。
本当に、一体誰がこんなうわさを流したのやら。
そんなことを考えている篤史の耳に、ふと別の話題が聞こえてくる。
「ねぇ、聞いた? 裏校舎の話」
それは、篤史から少し離れた女子生徒たちの会話。
朝から一人の机を囲んで、四、五人の女子生徒が、噂話をしている。
「聞いた聞いた。また『あの声』を聴いた子がいたんだってね」
「? 何の話?」
「知らないの? うちの本校舎の隣に、古い校舎あるでしょ? あそこに行くと、『出てけー、出てけー』っていう声が聞こえるんだって」
「えー何それ。ただのイタズラじゃないの?」
「いやいや。これがマジなんだって。もう十人以上があそこで変な声を聴いてるんだって」
「えー、何それ。怖っ」
「だよねー。前々からあそこ、出るって言われてるし、今じゃあ誰もあそこに近づかないって話だよ」
それは、よくある怪談話。
幽霊が出るだの、お化けを見ただの、そんな与太話はどこの学校にでもつきものだ。それこそ、噂好きの女子高生なら、話題にするのも無理はない。
ゆえに、篤史が注目したのは、怪談の点についてではない。
(誰も近づかない、か……とりあえず、昼休みに行ってみるか)
そんなことを考えていると、朝のチャイムが鳴ったのだった。
*
そして昼休み。
篤史は、裏校舎にやってきていた。正確には、裏校舎の裏庭に、だ。
噂通り、人気はなく、昼間だというのに、何故かみょうな薄暗さがあった。正直、不気味と言えば不気味ではある。
が、篤史にとってはそんなの関係ない。
重要なのは、ここには人がいない、という点。
「ここなら、誰にも白い目で見られることはないだろ」
そうして、ボロになっているベンチに腰を掛けながら、篤史は弁当を広げた。
篤史がここに来た理由はいたってシンプル。誰もこないのなら、一人で弁当を食べられるから。
今の状況では、教室で食べることは無論、食堂に行っても彼を指さす連中はいる。そんな中で昼食などとっても不味くなるだけだ。
元々一人が好きなだけに、こういう誰も寄り付かない場所は、篤史にとってはもってこいだった。
『……出てけー……出てけー……』
昼食を食べ終えた篤史は、ふぅ、と息を吐きつつ、空を見上げる。
そこには青空が広がっており、太陽の光が射している。
『……出てけー……出てけー……』
寒くもなく、暑くもない。まさにちょうどいい気温。
この時期だからこその暖かさ。
『……出てけー……出てけー……』
こんな日は、余計なことを考えることなく、昼寝をしたい。
そんなことを考えながら、携帯でめざましをセットした後、篤史はそのままベンチに横になった。
『……え、ちょ、無視? シカと? 無反応? はっ、もしかして言葉が届いてないとか? もしもーし、そこの顔つきがいかにも怖いその貴方、聞こえてますかー? もしもーし!!』
「うるせぇぞ。人が昼寝しようとしてんのに邪魔すんじゃねぇよ」
ここにきてようやくツッコミを入れた篤史。
先ほどから、敢えて無視していたわけだが、いい加減しつこいため、思わず声を上げてしまった。
『な、なーんだ、聞こえてるじゃないですか……って、え? 何ですかその反応。何で驚いていないんですか?』
「頭ん中で他人の声が聞こえるくらい、なんてことねぇだろ」
『いや、あるでしょ。おかしいでしょ。普通、頭の中で他人の声がしたらパニくるのがお約束でしょ』
「知るか」
自分に一般常識を求められても困る。
一方で、どうやら篤史の反応が予想外だったのか、声の主はかなり動揺していた。
『ど、どどど、どうしよう。変な人が来ちゃった……ま、まぁいいでしょう。ごほんっ。私はこの裏校舎に住み着く幽霊です。細かい話とか苦手なので、単刀直入に言います。ここから早く立ち去りなさい。さもなくば、貴方の周りに不幸が……』
「んな嘘八百並べてまで俺を追い出したいのか、ええ? 白澤友里」
『っ!?』
声は聞こえてなかった。しかし、それでも篤史は、相手が先ほど以上の動揺、そして焦りを感じていることをすぐさま理解する。
『だ、ダレデデスカソレハ。ソンナ名前ノ人、知リマセンケド?』
「白々しいにも程があるだろ。っていうか、その反応がもう答えだろうが」
『う、煩いですね!! 私が白澤友里だなんて証拠、どこにあるんですか!?』
「証拠。証拠ねぇ……だったら今からお前のところに行ってやるよ。首洗って待っとけ」
『え……ちょ……』
制止する声に耳を傾けることなく、篤史はそのまま裏校舎の中へと入っていく。
そうして、彼は迷いのない足取りで、階段を上り、二階へとたどり着き、そのまま奥の方へと進んでいった。
そうしてたどり着いたのは、『第三準備室』と書かれた部屋。
引き戸を開け、中へと入り、そして掃除道具が入っているであろうロッカーへと一直線に向かった。
そして、勢いよくロッカーを開く。
そこにいたのは。
「……宣言通り、来てやったぞ、この野郎」
涙目になりながら、ロッカーの中で体育すわりをし、こちらを見上げている白澤友里の姿があったのだった。
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