十九話 テンションが高い人って大体キャラ濃いよね
そして、感想会の日。
篤史は、目の下に大きなクマを作っていた。
『あ、あつしさーん? どうしたんですか、そのクマ』
「どうしたもこうしたもあるか。二徹してるんだ。これくらいのクマ、当然だろう」
『二徹って……篤史さん、自分で言ってたじゃないですか。読めるところまで読むって』
「俺も正直、一作か二作で終わらせようと思ったんだが……どれも、それなりに面白くてな」
正直、学生が書いているラノベなので、そこまでの期待はなかった。
しかし、一旦読み始めると、ページをめくる指が止まらない。読みやすく、しかししっかりとしたストーリー。笑いどころ、泣きどころ、そして胸熱展開とその後にある感動。素人レベルとは到底思えないものだった。
『まぁ伊達に月一で最低一本書いてませんから』
「もしかしてあれか? 既にラノベとか出してるのか?」
『いえ、それはないかと。本人たちは、今は武者修行の身。本当に投稿し始めるのは、もっと大人になってから、だそうです。ちゃんとした仕事に就職して、それと両立させながら書いていくのが目標らしいです。作家だけで食べていくのはほとんど不可能らしいので』
「凄いな……もうそんな先のことまで見通してんのか」
『部長も副部長も三年ですからねぇ。進路とか色々考えてるんですよ』
「そうか……」
唐突に突きつけられる進路という言葉。今はまだ自分たちは二年。しかし、来年のことであることは事実。そして、一年という月日は、あっという間に去ってしまうものだ。
などと、将来について少し考えていた篤史だったのだが。
『あっ、そうだ。篤史さん。部長たちが来たらきっと驚くと思いますが、あんまり気にしなくていいですから』
「はっ? お前、それはどういう―――」
問いを投げかけようとした刹那。
唐突に、部室のドアが開いた。
「―――とぅ!!」
などと叫びながら、一人の男が、颯爽として現れた。
それも、バク転宙返りをしながら。
「…………、」
あまりのことで、篤史は呆気にとられ、言葉を失う。
そんな篤史を見ながら、男は不敵な笑みを浮かべていた。
「ふっ―――決まったぜ。今日も俺様絶好調!! そして作戦も大成功だな!! どうだ、少年。俺の格好良さに驚いたか? 驚いただろう? ふふ言わなくてもいい。その表情を見れば、分かるとも。だが、この程度で驚いてもらっては困る。俺の更なるすご技はこれから見せるのだか―――」
「やめなさい」
「あぶっ!?」
と、男の後頭部に容赦のないチョップが叩き込まれた。
ふと見ると、男の後ろに、眼鏡をかけた、少し目つきの鋭い女性がいた。
女性……同じ学生だというのに、その言葉を篤史が選んだのは、いい意味で学生らしくなかったため。
セミロングの黒髪に、黒ぶち眼鏡。少々きつい目つきは、しかし逆に彼女のクールさを醸し出している。まさに大人のような魅力があふれていた。
「君が山上篤史君ね? 初めまして。そしてごめんなさい。初っ端からこの馬鹿が迷惑をかけてしまって」
「誰が馬鹿だ誰が!!」
「貴方のことよ、バカカメ。後輩の友達の前で、みっともない姿さらさないで」
「み、みっともないとは何だ!! 可愛い後輩の友人とやらに俺の凄さを一発でアピールできる最高の手段だっただろう!?」
「どこがよ。というか、そんなものアピールされたところで、困るだけでしょ。そして、身内としてはとても恥ずかしい。幼馴染としては、特にね」
どうやら二人は幼馴染という間柄らしい。
篤史は、ここにきて、落ち着きを取り戻し、状況を頭の中で整理した。
そして、導き出された答えは一つ。
「えっと……ラノベ研究同好会の部長さんと副部長さん、ですか?」
「あ、ごめんなさいね。自己紹介がまだだったわね。私は鶴見凛子。貴方の言う通り、ここの副部長をしているわ。で、こっちにいるのが」
「亀下総一郎!! ここの部長をしている!! よろしくな、山上少年!!」
「よ、よろしくお願いします……」
ハキハキとした喋り方に、篤史は気圧されていた。篤史が今まで、見てきた中でも、かなり濃い人種の人であるのは間違いない。
そんな篤史の反応を見て、鶴見は頭を抱えていた。
「ほんっとうにごめんなさいね。信じられないかもしれないけど、こいつ、これが素だから。キャラとか作って無理やりこうしてるわけじゃないの。だから申し訳ないんだけど、我慢してくれると嬉しいわ」
鶴見の態度からして、恐らく常日頃から色々と大変な思いをしているのが篤史には理解できた。
何故か。決まっている。彼自身も、最近、とある残念少女に振り回されているのだから。
「白澤さんから話は聞いています。今回は、我々の要望に応えてくれたようで」
「いえ、俺はその、ここの部室を使わせてもらっている身なので。むしろ、そのことをずっと言わなくて、すみませんでした」
「いいのよ。それについては、全然問題ないわ。むしろ、私たちの可愛い後輩にようやく友達ができたことの方が、何より嬉しいもの」
微笑みながら、そんなことを言う鶴見。どうやら、彼女もまた、友里の残念さと絶望的交友関係のことは知っているようで、だからこそ、篤史が彼女の友人になったことを嬉しく思っているのだろう。
一方の亀下部長はというと。
「では、白澤女史! 早速感想と評価、改善点を聞かせてもらおうか!」
席に座り、腕を組みながら、そんなことを言い放つ。
それに対し、鶴見は大きなため息を吐いた。
「あんたって奴は、本当に……早く批評が聞きたいのは分かるけど、もうちょっと空気を読みなさないよ、空気を」
「仕方ないだろう? 昨日から感想を聞きたくてうずうずしていたんだ。さぁ、白澤女史、早く君の意見を聞かせてくれ!」
目を爛々と輝かせるその姿は、まるで子供そのものだった。
これが、感想を聞きたい作者の姿、というわけなのだろうか。
だが、最も意外だったのは、その言葉に白澤がすぐに対応したことだった。
「分かりました。それでは、亀下先輩の方から、いきますね。まぁ、結論から言わせてもらいますと……」
鞄の中から原稿を取り出しながら、亀下に向かって視線を向ける。
そして。
「―――全没ですね」
笑顔で、そんなことを言い切ったのだった。
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