十六話 オタクってスイッチ入ると熱いよね
食事も終わったことで、友里は帰宅することになった。
そんな彼女を見て、翼は篤史に耳打ちする。
「(ほら、あっくん。送ってってあげなよ。いいとこ見せて、点数稼ぎしとかなきゃ)」
「(点数がどういう意味かは知らんが、お前が何か勘違いをしているのはよく分かった)」
とはいえ、女の夜道の一人歩きが危ないことは、篤史も重々承知している。ゆえに、途中まで送っていくという話になった。
そんなこんなで現在。
篤史と友里は、夜道を二人っきりで歩いていたのだった。
『篤史さん、今日はありがとうございました』
「ん? ああ。こっちこそ、途中から翼が来て、悪かったな。お前、初対面の奴とか苦手なのに」
『いえいえ。確かに緊張はしましたけど、相手が翼君なら全然オッケーです。むしろ、バッチコーイです! あの可愛い系のイケメンがご飯を食べている姿を見れただけで、満足です……!!』
「その割には、あんまし喋ってなかったように思えるが」
『え? 何言ってるんですか篤史さん。私なんかが翼君と喋るとか論外ですよ。アイドルですよ、アイドル。そんな太陽のような存在に、私如き陰キャオタクが喋るなんてもっての他。本来なら彼の視界に入ることすら畏れ多いというのに』
「うん。俺は、そのお前の変なテンションが、時々よく分からなくなる」
というか、篤史が説明するまで、翼がアイドルかつ『ステップ』のメンバーであることすら認識していなかっただろうに。
……いや、まぁまさかテレビに出ているアイドルが、目の前に現れるなんて誰も思いもしないか。
と、そこでふと、篤史は一つの疑問に至った。
「ってか、翼に関してはあんまり悪口言わないのな。陽キャがどうのこうのっていつも言ってるくせに」
『いやいやいやいや、あんな連中と彼を一緒にしちゃダメですよ……!! アイドルとは即ち、三次元の光であり、希望!! 私は二次元とか特撮に特化したオタクですが、しかしドルオタと呼ばれる方々の趣味趣向も理解できます。アイドルとは、つまるところ、三次元での二次元なのですから!!』
「よーし落ち着け。そして頭を冷やせ。どんどん言葉がカオスになってるぞ。っつか、三次元の二次元ってなんだ。意味が分からん」
いつもは無表情の友里ではあるが、そっち方面の話になると、微妙にではあるが、その表情に変化がある。
具体的には、口の端が上がり、目にキラキラとした光が宿るのだ。
『そして、何より可愛いですし!!』
「結局そこか……」
『え? 何言ってるんですか、篤史さん。可愛いは正義。そして、可愛いものを守るために、人は世界の一つや二つ、救えるんですよ?』
「いや、無理だろ」
『いやできますって! 人間、諦めなければ、いつかきっと夢を叶えちゃう生き物ものなんですから!!』
「それだけの自信があって、お前はどうして人前でまともに喋れないんだ……」
本当に、どこまでも残念な友人に、篤史は思わずため息を吐いた。
しかし、篤史はそこで何かを思い出したかのような口調で、言葉を続ける。
「あー……その、白澤。くどいようだが、さっきの件は……」
『大丈夫ですって。言ったじゃないですか。私、何かを言いふらせるほど、友達いないって。だから安心してください』
「ああ。悪いな……っと、それからもう一つ頼みがあるんだが……学校での俺の立場のこと、翼には言わないでやってくれ」
『成程。先ほどの話の流れから察していましたが、やっぱり知らないんですね、翼君』
「知ったら絶対あいつ、仕事に支障をきたすからな。今日だって、仕事帰りに俺のところに寄ってただろ? 自分の方がクソ忙しいってのによ。だから、これ以上、あいつに世話かけさせたくないんだ」
翼が最初のきっかけだったのは確かだ。
しかし、喧嘩を売られたのは篤史であり、それを買ったのも篤史。故に、彼が病院送りになったのも、学校の立場のことも、自分が勝手に決めたことの結果。
学校でのことを胸糞悪いと思いつつ、しかし現状を受け入れているのは、自分で選んだことのため。
だからこそ、翼に余計なものを背負ってほしくはないのだ。
『ふふ』
「ん? なんだよ」
『いえ。篤史さんって何だかんだ、心配性で面倒みがいいなぁと。私の時もそうでしたけど、翼君への態度とか見て、改めてそう思ったもので』
「……うるせぇ。人を心配性だの言う暇があったら、次の追試、ちゃんと合格してみせろ」
『はーい』
友里はそんな言葉を送ると、篤史の前へと行き、振り向く。
そして。
「それじゃあ、篤史さん。また明日」
そこで友里はテレパシーではなく、言葉で直接伝えてきたので、思わず篤史は目を丸くさせた。
しかも。
そんな彼の姿を見て、友里が少しだけ笑みを見せたように思えたので。
篤史は結局、何も言えず、ただ去っていくその後ろ姿を見るほかなかった。
ちなみに。
友里は篤史が勉強を教えたかいもあり、見事に追試を乗り切ったのだった。
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