十五話 スキャンダルって怖いよね
「―――御馳走様でした」
篤史が作ったオムライスを食べ終えた友里は、手を合わせながらそう口にした。
ちなみに心の中では。
『ふー、食べた食べたー。いやぁ、篤史さんのオムライス超美味しかったですよー。あ、そうだ篤史さん。デザートあります? 特にプリンとかあったら滅茶苦茶嬉しいんですけど』
『お前は本当に自由だなオイ』
外面は礼儀正しい美少女を決め込んでいるというのに、中身のこの残念さ。恐らく、篤史が知る中でもトップクラスだ。
と、まぁ友里に関してはいつものことなので、置いておこう。
とりあえず、篤史は確認をしなければならないことがある。
「で? 翼。ここに来た、本当の理由は何だ?」
「え?」
「いくら近くで仕事があったからって、わざわざウチに来る必要ねぇだろ。それこそ、今お前、とんでもなく忙しい時期だろうが」
先ほども言ったように、今、翼たち『ステップ』は人気上昇中。CDは無論、CMやドラマにも多数出演している。
そんな彼が、わざわざ篤史の家にやってきた理由。
仕事帰り、という理由は嘘ではないだろうが、しかし本心は別にあるはずだ。
その証拠に、指摘された翼はどこか困ったような顔をしていた。
「いや、だって……あっくんには、その、この前のことのお礼もしなきゃだし……」
もじもじとしながら言う翼の言葉に、篤史は大きなため息を吐く。
「そんなことだろうとは思ってたよ。っつか、それはもう済んだ話だろうが。何度も言うようだが、お前が気にするようなことは何もないぞ」
「で、でも、僕のせいであっくん入院するハメになっちゃったわけだし、責任を取るのは、その、男として当然の義務と言うか……」
入院。
その言葉が出たとたん、友里はすぐさま理解し、その上で問いを投げかける。
「あ、あの……入院の件っていうのは、その……」
『あれですよね? 今学校で噂されてる、「女子生徒にストーカーした挙句顔面殴って、報復に来た連中もボコボコにして自分も入院してしまった」事件のことですよね?』
『長いわ。もっと何か略すとかできないのか』
などとツッコミを入れるものの、篤史は少し迷っていた。
先ほど、話せないと言っていたにも関わらず、この体たらく。というか、その件は表ざたにはできないことなのに、何故他人がいる前で話そうとするのか。
などと心配する篤史の心情など知らない翼は、友里の問いに答えていく。
「……実は、ボク、随分前からストーカー被害にあってたんだ。最初は手紙とかだけだったんだけど、そのうち色んなモノが送られてくるようになって……」
『うわー。リアルでそんなことする奴いるんですね』
「でも、ここ最近になって、ひどくなる一方で、警察にも一応相談はしたんだけど、あんまり真剣には聞いてくれなくて……」
『あー、あれですね。事件が起こらないと、警察は動けない的な?』
『……まぁ、そんなところだ』
と、一人翼が喋っている一方で、心の内で会話を成立させる篤史と友里。
もうここまでくれば、黙っていても仕方がないと思った篤史は、翼を制止することなく、話を続けさせた。
「それであっくんに何度か相談したんだ。そしたら、その相談してた日に、たまたまストーカーの人がウチにやってきて……」
「それを俺が追い返したんだ」
『な、成程……流石のストーカーも篤史さんの強面には立ち去るほかないですからね』
その納得の仕方には少し疑問があるが、しかし実際効果があったのだから、否定はできない。
とはいえ、そこで相手が大人しくなっていれば、話がややこしくなることはなかったのだが。
「でも、その人何を思ったのか、一週間後に変な人たちを連れて、あっくんのところに行ったらしくて」
「え、それはどうして……」
「あの女曰く、お前のような奴が翼君の近くにいるな、彼が穢れる。もしも忠告を聞かないのなら、二度と彼に近づけなくしてやる……ってことだった」
『まじですか。それはまた何とも頭ハッピートンチキな人ですね……いやぁ、やっぱりヤンデレって怖いなぁ』
友里は敢えて、言葉にはせず、心の中で思ったことをぶちまける。そして、それは篤史も大いに賛同だった。
彼もアニメや漫画でヤンデレという種類のキャラは見てきたが、しかしそれは二次元での話。三次元のヤンデレはもう迷惑以外の何物でもない。いや、そもそもにして、ヤンデレという枠組みにすら、入らないのかもしれないのだが。
「勿論、俺は嫌だって答えたら、連れてきた連中が一斉に襲い掛かってきてな。そいつらと喧嘩した結果、俺は入院したってわけだ」
それが、篤史が入院した真実だった。
しかし、そうなると、一つ疑問が出てくる。
「けど、どうして……ニュースになってないんですか?」
アイドルグループがストーカー被害にあった。そんな、マスコミのネタになりそうな情報を、しかし友里はどこからも聞いたことがなかった。
その疑問を、友里が心で呟くのではなく口にしたのは、篤史だけではなく、翼からも話を聞きたい、という意味合いだった。
「えっとね。実は……」
「俺が頼んだんだよ。こんなのが明るみに出たら、翼たちの仕事に影響が出る。だから、俺が言って今回のことは表ざたにならないようにしてもらったんだよ。勿論、ストーカー女とその仲間にはそれ相応の処罰を受けてもらったが」
たとえ、被害者という立場にあったとしても、事件の当事者ともなれば、マスコミが殺到する。
翼たち『ステップ』は、今が大事な時期。だというのに、余計なことでストレスを抱えさせるわけにはいかない。
そういう理由で、篤史はこの件を公に出さないよう、頼んだのだった。
『ちなみに、先生はこのことを知ってる。とはいえ、今言ったように、これが明るみになれば、翼に迷惑がかかるから、クラスの連中には言わないよう頼んである』
『ああ、それで先生は何も言わないんですね』
正直、斎藤が篤史の件について、何も言わないのは、おかしいと友里も思っていた。
事実無根の噂であれば、斎藤も何かしらのフォローをしたりするはず。
しかし先ほどの事情から、篤史本人が黙っていてくれと頼んだのなら、納得だ。
『白澤も、このことはオフレコで頼む』
『分かりました。そして安心してください! 私、そういうことを話せる友達とか篤史さん以外いないので!』
それは喜んでいいのか、哀れむべきなのか、判断が難しいと思う篤史。
ただ、改めて目の前の少女の残念さを再確認したのだった。
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