十四話 従妹ではなく、従弟(これ重要)
「改めまして、矢部翼です」
「あ、えっと……白澤友里です……」
笑みを浮かべて挨拶する翼に対し、どこかぎこちない口調で応える友里。
『おいおい。何きょどってんだよ。いつもの威勢はどうした』
『いやいやいやいや、こんなめちゃくちゃ可愛い男の人前にして、普段通りとか無理ですから!! というか、何か異様にエロいと思うのは私の気のせいでしょうか!?』
友里の言い分は、しかし的外れなものではない。
翼の恰好は、かなり開放的なものになっている。男としては、別に問題はない。問題はないのだが……いかんせん、彼はその顔立ちや体つきから中性的であり、故に肌の露出が高いと、色々と目のやり場に困る、というのは篤史も理解できる。
小さい頃から知っている篤史は耐性があるものの、知らない人間からすれば、男女問わず、魅惑的に感じるのだろう。
と、少々緊張気味な友里を他所に、篤史は翼に質問をした。
「それで? 今日はどうした。ってか、仕事の方は?」
「それがね、今日仕事がこの近くだったから、帰りにあっくんち寄ろうと思って。加えて言うのなら、そのまま晩御飯を御馳走になって、泊まりたいとも思っています」
「おま、そういうことは来る前に言えよ……」
「えへへ。あっくんをびっくりさせようと思って」
「びっくりってお前なぁ……晩飯はいいとして、着替えとかはどうすんだよ」
「あっくんの貸してよ。ちょっとぶかぶかだけど、着れないことはないし」
「学校は?」
「明日は仕事行くから、学校は休み。朝には迎えが来るから、安心して」
「……はぁ。了解だ」
やれやれと言わんばかりに、項垂れる篤史。
そんな彼らのやり取りを見ていた友里は、思わず口で問いを投げかけた。
「仕事、というのは……?」
「ああ、そうだったな。翼はアイドルやってんだよ」
「へぇ、アイドルを……アイドル!?」
驚きの声を上げる友里。彼女がこうして口で大声を出して驚愕するのは、珍しい。
そして。
『いやまぁ確かにアイドルやっててもおかしくないイケメンですけど!!』
当然のように、心の中でも仰天と言わんばかりの声を上げていた。
そんな彼女に対し、篤史は淡々と説明をしていく。
「聞いたことないか? 『ステップ』ってアイドルグループ。翼はそこの一人なんだよ」
「ステップ……それって今人気の……『今人気上昇中で売れっ子の、男子高校生アイドルグループじゃないですか!!』」
『いや、そうなんだけど……なんで口とテレパシー交互に使ってんだよ。喋りづらいわ』
それだけ、彼女も困惑しているのだろう。無理もない。何せ、『ステップ』と言えば、それこそ友里が言ったように、今話題の人気のアイドルグループ。
全員が、現役のイケメン男子高校生であり、歌、踊り、芝居など多岐にわたる分野で活躍している者たちだ。
今や、あまりテレビを見ない人が増えてきているものの、それでも『ステップ』の名前は知っている、という人がかなりいる。
「に、人気だなんて、そんな……」
「事実だろう? この前だって『うたステ』でトリ飾ってたし。あの曲、翼が出るドラマの主題歌になるんだろう?」
「あ、見てくれたんだ。嬉しいな~」
「まぁそりゃあ従弟がテレビに出てりゃ、見るだろ。けど……何というか、色々と大丈夫か、お前のグループ。主に頭的な問題で」
言うと、翼の表情が笑顔のまま、固まった。
その言葉の意味が分からない友里は首を傾げており、そんな彼女にも分かるよう、篤史は続けて言う。
「何でヨーロッパの国を答えてって質問に、全員首都で答えてるんだよ」
「あ、あれはほら、テレビ局の人からそういう答えを言ってねって言われてて……」
「嘘つけ。答えが出た瞬間、場の空気凍ってたし、周りの人たち、めっちゃ困ってただろ。まぁ、司会者の人が何とか回してくれてたからいいものの、ありゃ放送事故一歩手前だぞ」
「うぐ……」
「あと、他の人が話している時に後ろでごそごそするのも直しとけよ。カメラ回ってないと思って油断してたかしらないが、めっちゃ見えてたからな」
「うぐぐ……」
「それから、宣伝の仕方も勉強しろ。ドラマのタイトルとか放送日時は当然だが、もっと聞いてくれた人が見てくれるようなことを言わなくてどうする」
「うぐああああああああああっ!!」
刹那、まるで空気が溜まった風船が割れたかのように、翼の感情が爆発する。
「何、何なの、何ですか!! あっくんはどうして僕たちのマネージャーと同じこと言うの!! それ、もう散々聞かされたから!! 皆正座させられて、こっぴどく注意されたから!! だから家でまでお説教はやめてよぉぉ……!!」
と、半分涙目になりながら、翼は半ば叫んでいた。
どうやら先ほどの件は全て、マネージャーにこってりと指摘されたらしい。それも、泣くほどに。
そんな彼を見て、業界のことを何も知らないくせに、言い過ぎたことを理解し、翼を宥める。
「ああもう、分かった分かった。悪かった言い過ぎた。だから泣くな。今日の晩御飯、お前の好きなオムライスにしてやるから」
「…………卵は半熟がいい」
「へいへい……白澤もどうだ? 今から晩御飯作るが、食っていくか?」
「えっと……じゃあ、お願いします」
まるで、どこぞのお嬢様のように、ゆったりとした口調で言う友里。
一方、心の中ではというと。
『無論ですとも!! いやぁ、もう頭使いすぎてお腹ぺこぺこだったんですよ~。あ、家には電話しておくので心配なさらず。それから、私も卵は半熟がいいでーす!』
『ホントお前、外と中が別々なのな』
などと、相変わらずの友里に対し、篤史は小さな溜息を吐いたのだった。
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