十一話 人の話は聞きましょう
前回もそうだが、佐山の言葉はあまりにも斜め上をいくものだった。
しかも、彼はそれを本気で言っている。今も、「お前は本当にダメな奴だな」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
『…………篤史さん。とりあえず、その人、一発殴りましょう』
『いや、その気持ちはとても分かるしありがたいが、それはやめとけ。事態がさらに悪化するだけだ』
友里の提案を却下しつつ、篤史は何とか言葉をひねり出す。
「俺はカンニングなんてしてないぞ。勝手な妄想はやめてくれ」
「妄想? 何言ってる。事実だろ。お前がそんな点数を取ってる。その時点で、カンニングは明らかだ」
無茶苦茶である。
これでは、本当の意味で話にならない。こちらが何を言おうと、佐山の中では「山上篤史は馬鹿」という印象が強すぎて、どうにもできない。
『よし。篤史さん。そこのクズ、窓から放り出しましょう』
『だから過激な提案はやめろって』
『大丈夫、大丈夫ですって。ここ、二階ですから死にはしませんよ。ちょっと骨とかが折れるくらいですって』
『それは全く大丈夫じゃないよな?』
友里の苛立ちも徐々に増幅しており、言動、というか、心の声が一層過激なものになっていた。
とはいえ、苛立ちという部分においては、篤史も同じではあるが。
「……お前の中で俺がどういう人間なのかは別にどうでもいいがな。それでも、全く根拠のないことを言ってくるのはどうかと思うぞ」
思わず、そんな言葉を口にしてしまった。
不快だ、と言わんばかりの口調は、しかし相手を説得させるためには悪手である。
その証拠に。
「根拠なんて、知ったことか。とにかく、お前のような奴が白澤さんといるのは間違ってる!」
などと、逆上に近い怒気を言葉に乗せて、佐山は言い放つ。
最早、彼の言動は小学生の癇癪そのもの。
クラスカーストトップである自分より、学校一の嫌われ者である篤史が友里と一緒にいるのがそんなに嫌なのか。もしくは、篤史と一緒にいることが、友里にとってよくないと本気で心配してのことか。真相は分からないが、しかし現状、篤史だけではなく、友里にも不快で迷惑なことになっているのを彼は理解していない。
だが、ここで罵声を浴びせたり、怒鳴ったりしても何の解決にもならない。
さて、どうしたものか。
「おーい。何を騒いでんだ、お前ら」
ふと、そこで聞きなれた女性の声がした。
振り返ると、そこにいたのは、ボサボサな栗色の髪を後ろでまとめているジャージ姿の女性がいた。
斎藤桃子。
この学校の教師にして、篤史たちのクラスの担任であった。
「教室で何してるかと思えば……おい佐山。お前、面白いこと言ってたよな? 山上がカンニングをしたとか何とか」
「は、はい。だって、山上が九十点台を取るなんておかしいじゃないですか。そんなの、カンニングしたとしか……」
「いやいや、それはないから。私、数学の時、試験の監督してたし。それとも何か? お前は私がカンニングを見過ごしていたとでも言いたいのか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
言われ、佐山は先ほどまでの勢いをなくしてしまった。
斎藤は、大きなため息をはき、気だるそうに続いて言う。
「というか、佐山。お前、山上とは一年の時も同じクラスだったよな?」
「はい。それが、何ですか」
「いや、何ですかって……お前、今更何言ってる? 山上が数学で成績がいいのは一年の時からだぞ?」
「え……そんな、まさか……」
「ホントホント。同じクラスだったんなら、それくらい知っといてやれよ」
その言葉に、あたふたし始める佐山。
そして、そんな彼に対し、さらに追撃と言わんばかりに、斎藤は言葉を紡ぐ。
「というか、佐山。お前、人の点数をどうこう言える立場か? 今回のテスト、結構ギリギリだったって聞いたぞ」
「そ、それは……」
「ま、テストの点数が全部じゃない。けどよ、人様に赤点がどうだの、カンニングしただのっていう前に、まずは自分のことを顧みろよ。な?」
それが止めの一撃だった。
最早佐山は何も言えない。言ったところで、何の説得力もなかった。他人をカンニング扱いしていたくせに、自分も点数が良くなかった、と周りに知られた今、彼はただ、篤史と友里の勉強を邪魔しているようにしか映らない。
それを自覚した上で、彼は何も言わないのだ。
そして、斎藤もそれ以上、佐山に対して何かを言うことはなかった。
「そら散った散った。部活行くやつはさっさといけ。帰宅するやつはさっさと帰れよ~」
言いながら、斎藤は教室から出ていく。
その去り際、篤史の方を一瞬だけ見て、苦笑を浮かべる。
それに対し、篤史は誰にも気づかれないよう、小さな会釈で返したのだった。
こうして、佐山による騒ぎは一応の収まりがついた。
佐山に関しても彼の周りの連中が色々とフォローしていたため、その後すぐに何かが起こることはなかった。
けれども、何故だろうか。
篤史には、これにて一件落着と思うことはできず、また何かあるのではないか、という一抹の不安を覚えるようになったのだった。
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