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ぼやく相棒

「それで新年早々朝から信者の足取りと白波八幡神社の調査ですか。ああ、いやだ。」


「遊びまくっていた癖にウチのプリンパーティに参加して来た男が何を言う。俺は最近課長なのか皆の奴隷なのか、自分が哀れになるよ。」


 昨日まで玄人達と同行して旅を思いっきり楽しんできた男が、楊の言葉にほがらかな笑い声をあげ、楊は相棒の雪焼けした顔に、羨ましさや妬みよりも脱力を感じていた。

 元公安のたか悠介ゆうすけは利用できるものは利用し、遊べる時には思いっきり遊ぶ男でしかないのだ。


「こんな近くに新興宗教の道場があったとはね、公安も見逃していたから驚きですよ。」


「最初はただのママさんサークルだったそうだね。悪い子五人のママさんと高部の母親も参加者だったよ。ただの育児相談会が新興宗教に飲み込まれちゃったのかな。」


「参加して育児に一説ぶり合う裏で育児放棄していればグレるか。我が家も共働きだからそこは気をつけないとね。」


「杏子ちゃんが産休明けにバリバリ働くって言っているのに、髙が育児休暇申請してどうするよ。俺は君がいてこそなのに。」


「かわさんはぁ。杏子ちゃんがバリバリ働くって言うなら、代りに僕が家で赤ちゃんの面倒を見るの。虎輔をお婿にしてしまったから尚更ね、傷心の杏子ちゃんの好きなようにさせたいなって。」


 髙夫妻は非常識に飼い犬二匹も旅に便乗させていた。

 甲斐犬の雑種で雄の虎輔と、虐待されて片目となったブリュッセルグリフォンの雌のなずなである。

 ところがかの地で虎輔が盲目であったことを夫妻は知り、虎輔の制御が難しかった理由をようやく理解したのだ。


 しかし、盲目のはずの虎輔が青森の預け先ではのびのびと遊び惚け、預け先で飼われていたセントバーナードのミミちゃんとの仲睦まじい様子を髙夫妻に見せつけたのだ。

 彼らがセントバーナードの飼い主に虎輔を譲渡して欲しいと望まれれば、虎輔の幸せを考えれば断ることなど出来ないであろう。


 セントバーナードを引き取るか、中型の愛犬を手放すかの二択しかなければ、都会の住宅事情を鑑みて、後者を選んだ髙夫妻を誰しも責める事はできないだろう。

 セントバーナードのミミちゃんは、大型過ぎて虎輔に会うまで他の犬と遊んでもらえない孤独であったのだから尚更だ。


「広い牧場を駆け回る生活は幸せかもね。」


 楊は髙に微笑みながら、新興宗教白波八幡の旧道場の扉に手をかけた。

 髙には初めての場所だが、楊には二度目の場所である。

 楊が扉を開けると、中を見た楊の相棒は、はあと、大きなため息を吐いた。


 昨日の矢那の話から新興宗教白波八幡を調べ、五月女と矢那を所轄に残して楊達は道場に突入したのである。

 彼らはパソコン教室の時のように襲われると考えたが、天井からただの死体が釣り下がっているだけとは考えも及ばなかった。


 以前は合気道教室に使われていた木造の建物の室内は、東側に大きな神棚のような祭壇がしつらえられ、壁にはしめ縄が張り巡らされていた。

 そのしめ縄に絡めるように何本もの縄が壁を伝い天井を這って、梁から死体を吊り下げていたのである。

 部屋は異臭を放ち、朽ちた遺体は死体を食べる虫達で覆われていた。


「全員、ではないですね。まずは鑑識を呼んで遺体を降ろして検分しなければ。」


 既にスマートフォンで鑑識を呼び出すべく操作している葉山が、言い繕いながら外に出て行こうとしていた。

 彼は腐乱死体と虫の組み合わせが駄目なので仕方がない。

 楊は葉山の他に室外に立たせる野次馬牽制用にと、やはり同様のものに弱い水野に声をかけようとした。


 けれども水野は相棒の佐藤と、二人で祭壇だったものを調べており、中央の神輿らしき箱の扉を開けようとしていたのだ。

 楊が二人に声をかけようとした瞬間、扉は開かれ、そこからミイラ化した遺体が転がり落ちた。


 葉山と楊は顔を合わせてから、二人の元に向かった。

 祭壇から転がり落ちたそれは、ミイラ化した遺体ではない事がよくわかった。

 検分をするまでもなく、落ち着いて見返せば、ミイラに見えるぐらいに痩せ細った後に殺された刺殺体でしかなかったのである。


 遺体の背中には三十センチほどのドスと呼ばれる白木の柄の短刀が刺さっており、血が流れた後が見受けられる事から数日以内に殺されたものと見做された。

 腐り方から吊るされた遺体と同時期の殺害であろう。


「酷いな。こんなにやせ衰えるまでこの人はこんな狭い所に監禁されていたのか。」

「この人だけでないみたいです。まだ中に、あっ。」


「うわ、あたしもう駄目だ!あたしは外に立ちます!」


 水野は物凄いスピードで道場外に出て行ったが、祭壇の扉の中を覗いた楊も彼女について行きたい気持ちであった。


「それで、その不気味なものはまだここにあるというのね。」


 髙が嫌そうな顔で楊を見返した。

 楊は出来る限りの笑顔を相棒に返した。

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