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世界が嘘だらけならば、好きな嘘を選べばいい(馬16)  作者: 蔵前
十 神は人など助けはしない
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あれは何ですか?

 赤茶色の世界に目が慣れると最初に感じた恐れも驚きも無くなり、そこで楊は自分に、これはただの安っぽい舞台装置の上で行う芝居でしかない、と言い聞かせた。

 山口の横たわる土のベッドは、ただの土くれでしかないはずだ。

 楊に見える屍の積み重なったものであるはずでないのだ。


 楊に見える積み重なった屍は死んでいるが死んでいない。

 腐りかけて息絶えたはずのそれらは目を見開き、腐りかけた目玉があちらこちらをぐるぐると見回している。

 これらはここで殺された者たちか?

 土に染み込んだ彼らの怨嗟なのか?

 この呪術で呼び出された者たちか?


「お前が殺したんだ。」


 楊は自分の中で聞こえた自分の声にぞくりと震えた。

 土のベッドはただの土の台座に変わり動くものは何一つ無くなり、その代わりに神楽を踊っていた男が楊へと再び動き出した。


「申し訳ありませんが、この方は自分から此方にいらした方です。私共の神楽のためにね。ですから、ご心配なくこの場を後にしていただけませんか?」


 慇懃に頭を下げながら楊へ退出を願うが、栄吉の右腕には本殿前でひと悶着した男と同じように日本刀が、あれよりは短い短刀で女性の持つ懐剣であったが、握られていた。

 しかしながら、楊は山口の頭側を迂回して歩き出し、なんと栄吉の懐に入った。


 いつでも刺される位置だ。


 葉山は上司の動きにぞっとし、それでも五月女が楊をいつでも庇える位置に動こうとする事を止めた。

 山口の足側へと動こうとしていた五月女は、葉山が自分を押し留めようと左の手のひらを見せた事に驚き、口だけで「どうして。」と尋ね返すと、葉山は口だけで無く、抑えた囁き声を五月女にかけたのである。


「かわさんは自分を守れる。俺達はいざという時にこのでくの坊を守らないとでしょ。」

「そうでしたね。」


 一瞬緊張が抜けた五月女が葉山に答えたと同時に、楊の声が神殿で響いた。

 静かだが威圧的な、普段の楊からは聞いた事が無い、五月女が聞き入ってしまう楊の声、だ。


「そうですね。どのような神楽かご説明いただけましたら。」


 二人はひとまず前方の二人に注意を戻した。

 楊の質問を受けた栄吉は白々しく感じる微笑を浮かべている。


「神様を呼ぶだけですよ。」


「こんな汚れた場所で?」


「汚れているからいいのです。汚れれば汚れるほど、神様は惹きつけられる。日本の神様はね、そんなものばかりじゃないですか。怨霊を抑えるために祭り、怨霊を祭って神へと神格化させてきたものばかりです。」


「それならば、わざわざ神様を呼ばずとも、そこにおわすのでは?それを神になしたらどうですか?大きな祭壇ではないですか。僕が見つけた皆様の昔の祭壇はもう少し小さかったですがね。こんなに大きいのであれば、ここにはえびす様が沢山詰まっているのでしょうね。」


 がこん、と木の板が床に落ちた。

 楊が箱の蓋を落としたのだ。

 そして彼は教祖に箱の中身がよく見えるように捧げ持った。

 箱の中では耳も目もない口だけの肉塊が、むしゃむしゃと自分の手を齧っていた。


 ごはん。


 小さなささやき声が暗闇で起きた。


 ごはん。


「何、ですか?それが喋っているわけではないですよね。」

「課長、祭壇から手が。」


 大きな祭壇の中心に建てられた小屋の様な神輿の扉が細く開き、小さな赤ん坊の手がひらひらと動いている。


 ごはん。


「違う。形と遠目で小さく見えるけれど、あれは、赤ん坊サイズじゃないですよ。」


 五月女が口元を抑えた時、ばたんと扉が全開し、中にいたものが姿を現した。


「ぶよぶよと動く生き物は、以前は大きくて見目麗しい赤ん坊だったそうだって、水野達が聞いていた通りだったとはね。」


 楊は中にいたものに哀れさしか湧かなかった。

 生意気なあの八歳児ぐらいの大きさはある赤ん坊の姿のままの生き物は、赤ん坊のような薄い皮膚の中から内臓が透けて見え、金髪に近い白い髪の色も眼の赤いところを見るとアルビノだ。

 この部屋を暗くしていた理由は、演出なのではなく、純粋にあれが太陽光に耐えられないからであろう。


「赤ん坊だけど、赤ん坊だからか矢那ちゃんにどことなく似ている。」


 五月女が呆然と呟いた言葉に楊は見直して、そして髙の報告を思い出し、口中に苦い味が広がってきた気がした。


 ごはん。


「かわさん。それでこれが、ごはんってことですか。」


「これも自分まで食べている。生まれなかった赤ん坊の死人は食欲が旺盛なのかな。半分生きて半分死んでいる生き物だから、食欲が納まらない。」


 ごはん。


 ごろんと、それは扉から出ようとして転がった。

 ハイハイをするには体は膨らみ過ぎていることもあるが、満足に動けないのは右足首には鉄の鎖がついているからだった。

 芋虫のような白いブヨブヨは、正面の楊達にむかって必死に両手で空気をかき混ぜており、動くたびに鎖がジャラっと耳障りな音を立てた。


 ごはん。ごはん。


「あなたがたのご本尊でしょう。信者達からえびすを作り出してまで与えているくせに、鎖ですか?神様ではないのですか?」


 教祖は醜い化け物を一瞥し、首を軽く振った。


「あなたの持つそれはえびすではありませんし、あれは本尊ではありません。えびす様はお隠しにあわれてしまった。取り戻しに行った者は全て返り討ちにあったようですね。なんて哀れなえびす様だ。」


「えびす様って何だったのですか?」


 楊の問いついては栄吉は答えなかった。


 ごはん、ごはん。


「では、本尊では無いというあの憐れな生き物は何ですか?」


「あれは、キクと言います。何でも聞く。そうですね、巫女のようなものです。信者達の悩みを聞き、欲望を聞き、そして、神の声までも聞く。」


「あなたの神様は何者です?どこの神様を呼ぼうとしているのです?」


「そこの山の神様ですよ。当たり前でしょう。あれは本物の神様だ。わが一族が明治政府から白波八幡の看板を賜り、あの神社の神主と納まったが、殆んど全員が殺されましたよ。あの神様と神様を守っていた一族にね。」

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