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世界が嘘だらけならば、好きな嘘を選べばいい(馬16)  作者: 蔵前
九 後が無ければぶっこむだけだ
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墓あらし

 五月女は高揚した気持ちのまま新興宗教の社務所の中を駆け抜けていたが、いくつかの部屋を通るたびに五月女の高揚感は泥を浴びたかのように沈み、建物の一番奥へと続く廊下の入り口で足止めされている同僚の後ろに着いた時には、彼はやりきれない気持ちさえ抱いていた。


「葉山さん。自分達はここを壊して大丈夫なのでしょうか。」


「君はここを上空から見て、なんて言ったっけ?」


「牧場にあるサイロ、いえ、前方後円墳、ですね。」


「そう、墓なんだよ。」


「葉山さん?」


 ヘリコプターを降下させる前に、麻友は建物全体を確認できるように旋回させた。

 平安時代の建物のような平屋建ての建築物は、北東に大きな円形の部屋をかまえていたが、円形の屋根を持つコンクリート造りの不格好な建物は木造の和風建築に囲まれているからこそ違和感を五月女に与えた。


 そして、その円形の部屋が祭殿で本殿だろうと語る麻友警視は語り、建物の両翼から伸びてその本殿の周りを細長い瓦を持つ建造物が五角形型にぐるりと囲むのは、幅からあれはただの垣根でしかないだろうと続けた。


「お金が続かなかったのか、建物全体を囲む垣根も何も無いで、あそこだけですからね。あそこだけは人を近づけたくない隠したいものが必ずあるはずです。それにしても、神社の本殿があれとはね。」


「ねぇ、五月女君。」


 葉山の声に五月女は自分達が壁となっている信者の前にいたのだと思い出して気を引き締めようとしたのだが、葉山は五月女に軽く微笑むと、信者の前に佇んで動かない楊を軽く指さした。


「かわさんの持つあれが本尊ならば、ここは墓で、人が住む場所ではないはずなんだよ。ここにいるから、あの人達は不幸で、そしてどこにも行けないのでは無いの?」


 五月女が通り抜けて目にしてきたいくつかの部屋の中について、五月女は葉山も目にしていたのであり、けれど彼は五月女と違う見解に辿り着いたのだと五月女は気が付いた。


 この建物の形は歪でも、実態は旅館のように和室ばかりがいくつも存在するだけで、五月女がわざと間違えて開けた部屋には腹の大きな女性達が横になっていたのである。

 女性達は五月女の姿を見た途端に、布団の中に身を隠すもの、抱き合うものと、様々であったが、共通していたのは全員が脅えていた、という事である。


 部屋を出た五月女の背中に、壊さないでと、か細い声で頼んできたものもいたのだ。


「あの人達はどこに行けばいいのですか。」


「それは後で考えよう。敵が動いた。」


「え。」


 葉山が急に緊張し出したと五月女が前方を見返せば、信者の壁が割れたところから日本刀を持った男が楊の前に出てきたからである。

 今まではそれほどの抵抗もなく進めたにもかかわらず、信者達が壁になり日本刀を携えた男までも現れるのであれば、彼等は本殿だけは通したくはないのだろうと五月女は理解せざるを得なかった。


 ここはあの本殿と繋がっている細い廊下の入り口前であるのだ。

 何気なく窓ガラスから外を眺め、五月女は自分達が前にしている細長い廊下以外、円形の本殿がどこにも繋がっていないという事に気が付いた。

 また、廊下の窓から覗いて見える範囲では、円形の建物には窓もひとつも無いようだ。


「お帰り願いませんか?」


 男の声に意識を前に戻せば、目の前の男が髙に見せられた十年前の手配書より確実に老けている本条繁之と五月女は気が付いた。

 また、本条繁之が手配書の中の理性のある目つきではないことから、五月女が麻薬課で見てきた麻薬の常用者と同じだと断定を下した。


 結局薬と金で狂った人間が起こした茶番でしかないのかと、五月女は空しさを感じてしまっていが、それも楊が口を開くまでだった。


「どいてよ。俺は君に用事はないの。この奥の栄吉さんに御用だからね。どいて。」


「それをおいてお帰り願えませんか?」


「い~や。これは栄吉さんのものだもん。いや。どうしてもって言うのなら、これ、白波の周吉さんに持って行こうかなぁ。」


 ずいっと繁之が一歩を踏み出し、五月女と葉山は再び楊を守ろうと意識を高めた。


「かわさんたら。煽んないでよ。」


 葉山は楊に繁之が踏み出したら抑えられる位置へと静かに移動しており、五月女も葉山が動いた時に対応できる位置へとすり足で動き出した。


「うーん。お持ちのその日本刀は登録のあるものですか?登録の無いものでしたら銃刀法違反になってしまいますよ。周吉さんに渡されたくないのならさ、どいて。さあさ、どいてったら、どいて。」


「儀式中なのです。どうぞ、お帰り願います。」


 小首を傾げた楊は左腕をゆっくりと斜め上に掲げた。

 何事かと繁之が楊を見返したその時、楊は軽く左手首を返した。


 ぼん。

 がしゃん。


 何かが天井を突き破り瓦までも剥がしたのである。

 起きた事を肯定するべくそこには黒焦げの穴が空き、白い空がぽっかりと見えている。


「え、何?」

「うそ、何が起きたの!」


 楊に何かしようと動きを見せたら一丸となって日本刀男を制圧しようとぴんと張り詰めていた部下達は、起きた事が理解できずに慌ててしまっていた。

 何度も何度も楊と天井を見返し、そして、当人の楊は涼しい顔で部下達と同様に呆けている日本刀男の脇をすっと通り抜けると、そのままスタスタと彼の目的地へと向かって行ってしまったのである。


「え、かわさんたら!」

「課長!」

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