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世界が嘘だらけならば、好きな嘘を選べばいい(馬16)  作者: 蔵前
一 警察に年末年始はありません
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幼女様と陰惨な事件①

 楊を睨みつけた太々しい八歳の幼女は、楊が聞いたところでは玄人の年の離れた従妹であり、玄人の母方の親族である白波家では期待の星のお姫様なのだという。


 矢那は白波家の美しい顔で生まれてきたがために、「我が家の嫁に」と多くの金持ちに持て囃されており、本人はそれが嫌だと家出中なのだそうだ。


 しかし昨日楊が「迷子」と押し付けられたこの少女は、どうみても「迷子」でも「家出中」でもない旅行者にしか見えなかった。

 黒のファーコートに白いワンピース姿でビーズを編みこんだ黒い小型バッグを腕にかけ、ピンク紫色のコロコロ鞄を引きずって、「お宿はどこかしら。」という風に初対面の楊に鼻を鳴らしたのである。


 楊にとっては名前どおりの、「いヤナ子」でしかない。


「おだまり!なお君をあたくしの警護につけたのはあなたでしょう。あたくしは自分と負傷しているボディガードのために、一番安全な警察署に居をうつしただけですわ!」


 一目で懐いた五月女を守ろうと立ち上がった矢那は、派手な赤紫のワンピースに白いドクロマークがプリントされている黒のタイツを着用していた。

 タイツの模様が楊の趣味真っただ中で、矢那が可愛いと思ってしまった自分を情けなく考えながら、それでも楊は心を鬼にするべきと自分を奮い立たせた。


「俺の家に帰れよ!あそこは警察官しか住んでいない犯罪者には危険地帯の区域だろうが。休日の安寧を邪魔された警察官は怖いぞ。一番安全な場所に帰れよ!」


 すると小生意気な幼女は、首に下げているビジターカードを片手で持ってピラピラと振って楊に見せつけた。


「神奈川県警の本部長の許可は取っておりますの。署内見学のね。新潟県警の本部長の伯父様が話を通してくださったの。おわかり?」


 楊は大きく舌打ちをして、怪我をしていないいつもの部下達に戻った。


「お前等、床に転がってまで幼女に負けた俺を笑うなよ!うるさいよ、もう。とにかく、逃げた被疑者の身元の報告会するぞ。まず佐藤巡査お願いしまーす。」


 妖精のような涼やかな美女は、自分の机のファイルからプリントを人数分出して全員に配り始めた。

 彼女は五月女にレポートを手渡した後に、矢那には玉子がキャラクターのシールブックを手渡していた。

 楊家に居候をしている葉山から矢那が玉子料理が大好きだと聞いていたからであろうと楊が想像した通り、幼女はシールブックに小さな歓声をあげた。


「あなたは素晴らしい人ね。お名前は?伯父に伝えておきます。」

「どういたしまして。佐藤萌と申します。」

「もえさんとお呼びして宜しくて?」

「光栄ですわ。」


 楊はその様子を見て、矢那が今朝おいしそうに食べていたプリンは楊の手作りであったのにと、自分に懐かないガキを忌々しく思っていた。

 昨日は双子の弟の家に押し付けたが、彼らは今日から弟の婚約者の家に里帰りだ。

 そこで早朝彼女を引き取って、怪我を理由に無理矢理楊宅に連れ帰った五月女に押し付けたのである。


 彼女は葉山にも懐き、楊の愛鳥のワカケホンセイインコの乙女にも二羽の文鳥達にも愛情を注ぐ可愛らしさがあった。


 けれど、楊には見下すだけだ。


 初対面の時から矢那は楊に反抗するばかりなのだ。

 生意気な幼女の言葉に大人げなく言い返した自分も悪いと反省もしているが、玄人そっくりの顔の矢那に打たれる度に楊は弱ってしまっていた。

 そんな矢那に賞賛された佐藤は席に戻ると、楊に簡単な目配せをしてから彼の傷心を知らない体で淡々と行方不明の被疑者五名の名前を挙げはじめた。


三谷みつや秀行ひでゆき二十三歳、近藤こんどうゆう二十三歳、本城ほんじょう敦子あつこ三十二歳、そしてひびきりょう五十五歳です。そして、城嶋じょうしま達哉たつや二十八歳ですね。」


 楊は最後の名前に反応した。


「最後の子、先日俺が保護した少年の家族と年も名前も同じで気になっていたのだけど、同一人物だった?」


「同一人物でした。家族殺しの罪状で行方不明だった兄ですね。」


 楊が保護した城嶋じょうしま秀樹ひできは三重苦の障碍を持ち、数ヶ月前に兄達哉の家庭内暴力でもう一人の兄と両親を失っていた。

 事件後に彼は福祉施設への入所をしており、本来は安寧な暮らしが送れていたはずなのだが、彼の体が人並み以上に大きな所に目をつけられて、殺人の濡れ衣を着せるために施設から誘拐されていたのであった。


 そんな不幸続きの彼は楊の不注意で大怪我を負って入院中だと、楊は自分を心の中で罵りながらも、何事もない顔を部下に見せた。


「そうか、ありがとう。続けて。」


「三谷と近藤は、詳しい者の情報によりますと、探す目印として足首のお揃いの渦巻きのタトゥーと、三谷は右眉脇、近藤は鼻の頭に火傷の痕があるはずです。美容整形していなければ、の話ですが。」


「なかなか凄いところに焼印を入れたね。」


 葉山は少々怯えた様に佐藤に口を挟んだが、答えたのは水野だった。


「いいじゃん。三谷は十一歳の男の子の額に大仏にしてやるって焼印入れて、その子供の父親を子供の目の前でボコボコにした奴だしさ、近藤は十四歳の女の子を乱暴した上に胸に焼印を入れたんだよ。それくらいいじゃん!」


「駄目よ、みっちゃん。それでどうして三谷の額でなく眉なの?どかーんと額を焼いてやれば良かったじゃない。みっちゃん優しいっていうか、甘くない?」


 楊と葉山が手を取り合って佐藤に怯えていると、佐藤の親友がけだものらしく答えた。


「三谷は右眉にピアス入れていたじゃん。そこを炙ったんだよ。ピアスは溶けるし、かなり痛がっていたね。」


「ちょっと、みっちゃん、お子様、お子様がいるから。」


 慌てた楊課長の声に被さるような子供の声が響いた。

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