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世界が嘘だらけならば、好きな嘘を選べばいい(馬16)  作者: 蔵前
一 警察に年末年始はありません
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大晦日と楊と部下

「さぁ、皆さん。今年最後の一日です。汚れ物を明日に残さないように頑張ってお掃除しましょう。」


 相模原東警察署の特定犯罪対策課の課長のかわやなぎ)勝利まさとしは、部署の部下達に向かって元気な声を張り上げた。


 三十一歳という若き課長は、短い髪を前髪を上げて整えているが、ところどころ癖のある髪がツンツンと跳ねている。

 それが彼という人物を現しているようだと、彼が可愛がる二十一歳の青年は口にする。


「かわちゃんの目はかわちゃんのママそっくり。印象的な彫の深い目元で素敵です。」


 彼の笑顔つきのその言葉に楊の胸が一瞬高鳴ったのは誰にも内緒であるが、楊はバレた所で誰にも不思議がられないとわかっている。

 楊に不埒な褒め言葉を放ったのは百目鬼とどめき玄人くろと

 楊の高校の同期で親友の百目鬼とどめき良純りょうじゅんの養子となった青年であるが、青年でない外見をした、遺伝子上も男でも女でもないという存在だ。


 生まれた時に男として登録されただけで、彼の遺伝子はXXYなのである。


 一六〇センチの体は華奢で子供のように痩せていて、童顔の顔が思いっきり女顔の彼は、出会った時はそれでも男の子の姿ではあった。

 彼は武本物産の御曹司であり、財閥の人間と繋がりのある人物のため、営利誘拐などの危険から警察によって身辺警護されることもしばしばである。


 そして、彼が殺されかけたのは一度や二度ではない。


 一度などは楊が不甲斐なかったせいで彼は生死を彷徨う大怪我を負わせてしまったのだ。

 そして、生還した時に、今の上半身が女性で下半身が少年という体になってしまったのである。

 つまり、玄人の苦しみは楊の責任でもあるのだ。


 玄人の事に後悔仕切りの自分を誤魔化す為に、楊は昨夜の事件と、そして、昨夜の事件で発覚した殺人者と思われる行方不明の男女五名の事を無理矢理思い出した。


 再び部下達の顔を見回す。

 まず、葉山はやま友紀とものり

 四角い輪郭の顔をしたすっとした武芸者のような雰囲気の男は、県警内で密かに悲嘆のキャリアと呼ばれていた、二十九歳の若き警部補である。

 斉藤さいとうとおる警視正によって斉藤自身の罪を着せられて、巡査部長に降格された上に楊の部署に流されてきた男だが、年末に発令された処分取り消しの辞令を受けて、彼は警部補に復帰できたのだ。


 そして、けだもの二名。


 四月に刑事昇格して楊の課に配属された、佐藤さとうもえ水野みずの美智花みちかである。

 どちらも同じ年の二十二歳で同じぐらいの美女であるが、黒髪の前下がりのショートボブが佐藤で、明るい茶髪に巻き毛のショートが水野と覚えておけばよい。


 もっと詳しく言えば大きな目が釣っているのが佐藤で、垂れているのが水野だ。


 美人であるから個性を要求しないのではなく、彼女達を知る人は例外なく彼女達の個性を語りたくないと、外見だけを見て逃避しているだけである。

 彼女達は高校時代に暴れ過ぎたがために、楊が警察にスカウトしたと言う札付きなのだ。


 そこで楊は大きく息を吐いた。

 新人の、彼。


 五月女そうとめ尚稀なおき巡査部長は本部の麻薬課の一線でバリバリと働いていた若きホープだが、気の迷いで楊の部署に転属願いを出した馬鹿野郎である。

 優秀な五月女の未来のために、楊は彼を説得さえもしたのだ。

 気を変えるように説得しなければ、楊こそ偉い奴らに叱られる。


「あのね、ボクの特対課はね、島流れ署と神奈川県警で名高い相模原東署においても吹き溜まりの末端の課なのよ。君はウチに来たら、二度と出世できないかもしれなくてよ。」


 しかし、楊が想像したとおり、五月女の決意は固かった。


「自分は出世できなくてもいいのです。あの女神さえ守れるのなら。」

「あれ男の子だよ。」

「知っていますよ。女神のように美しいじゃないですか。」


 楊はそこで説得を諦めたのだ。

 坊主に近い短髪の五月女は純文学の登場人物のようだと署内の女性達に持て囃されているが、実際に純文学の登場人物のように彼は純朴だ。

 そして純朴すぎる彼が惚れたのが、XXYの玄人なのであった。


 玄人は完璧な卵型の輪郭に完璧な目鼻を揃え、その上、東北人特有の物凄い睫毛で華々しく黒目勝ちの円らな瞳を飾っている。

 つまり、玄人は物凄い美女にしか見えないのである。

 髪型などは百目鬼によって顔を最高に見せれるように常に切り揃えられている。

 楊自身信じられないが、そんなことをする百目鬼は禅僧だ。


 しかし百目鬼が人の理を捨てるために禅僧になったと聞いて以来、楊は百目鬼に常識を求めることは完全に諦めて、凄いね、とだけ思う事にしている。


 百目鬼という男は楊の実家の不動産の手伝いを頼めば、有能過ぎて祖父から競売部門を丸ごと暖簾わけされるほどの人物でもあり、今や債権付競売物件専門の不動産屋として成功もしているのである。


 しかし彼が成功していようが、その事で楊は百目鬼には申し訳なく思っている。


 競売物件などは悪条件の揃った物件ばかりだ。

 婿も孫二人も公務員で警視庁の管理官と県警の刑事、そして防衛省の技官とくれば、年で面倒になった競売物件部門などいらないと切り捨てたくなるのも当たり前だ。

 その面倒を全部引き受けてくれた百目鬼に、楊は心から頭が下がるのである。


 彼は何でも引き受ける。

 百目鬼が玄人を引き取ったのは、玄人が鬱を患ったと武本家の菩提寺の住職から相談を受けたからであり、そして彼が実親に虐待されているから守るためにと、彼の任意代理人となり、武本姓のままでは殺されるからと彼を養子にしたのだ。


 親友を思い出して罪悪感に楊は少々浸ったが、このように思考がマイナスにばかり転ぶのはなぜだろうかと、彼はもう一度部署を見回した。


 数分前と変わらない光景に、楊が五月女をもっと強く説得していたらこのような事になっていなかった筈だと、強く強く後悔が身に押し寄せるのを楊は感じた。

 それは、思わずシャウトしたくなるほどだ。


「ばかやろう!五月女!お前は大怪我で療養中だろ。そこの幼女を連れて家に帰れよ!」


 部署の奥の長椅子で、昨夜の事件での大怪我で自宅療養のはずの五月女が、幼女と一緒にお絵かきをしていたのである。


「課長!自分が目障りなら自分にも仕事を下さいよ!書類仕事で十分ですから!それからこの幼女は、課長が預かったお嬢さんでしょう。」


「俺はお前の体を心配して言っているんだ!それに署内に子供は拙いだろ。」


 玄人に良く似たミニチュアの白波しらなみ矢那やなは、肩下まであるサラサラで真っ直ぐな黒髪を子供らしくない素振りで振り払うと、偉そうな目つきで楊を睨んだ。

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