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彼は僕のものなのに

 僕は年末年始に母の実家に帰るという愚行を犯してしまったことを、ひしひしと感じて、いや、感じているどころではない、身に染みて後悔している、だ。


 昨夜の十時半に楊によって目覚めさせられたと、その鬱憤を彼にぶつけてしまった程だ。

 神社は詣でるものであって、神社そのものに関わってはいけないのだ。


「今回も良純りょうじゅんさんが電話を奪ってくれれば良かったのに。そうしたら僕はしっかり眠れた。」


「クロト、彼は今や電話恐怖症でしょう。」


 僕の父である良純和尚は先日僕の代わりに電話に出たばっかりに、楊の部下のけだもの達に二月の箱根旅行を約束させられ、その場で宿の予約まで入れさせられていたのだ。

 あの素晴らしい声帯を持ち、人を魅了する声と心胆を寒からしめる声を使い分けて人を操れる彼は現世のメフィストフェレスだろうに、それを調伏してしまうとは、流石の彼女達である。


 しかして、身長一八〇を超える長身痩躯のモデルのような肉体はいうに及ばず、高い頬骨と切れ長の奥二重の瞳という端整で貴族的ともいえる容姿の美僧である彼に、水野が本気で惚れているようなのだから、あの直球の攻撃は当たり前か。

 そして、彼女達の破壊的な行動は小気味が良いと、良純和尚が彼女達を気に入っているのも事実でもあるのだ。


「眠い。寒い。ろくでもない神様のせいで僕は苦労ばっかりだ。」


 僕の延々と呟く愚痴を聞いている恋人が、僕の隣でクスクスと笑っている。


「新潟に着いてすぐに僕はお参りしたでしょう。そうしたら背中の打撲の痛みがすっと、それも完全に消えたから良い神様だよ。驚いて背中を見たらあの黄色と紫のまだらだった背中が綺麗になっていたよ。」


 無邪気に嬉しそうに僕に語る僕の恋人は、客人どころか大怪我を理由に休職中の人なのに、ろくでもない白波家の祖父白波周吉によって僕と同じ白い着物に袴の姿にされて手伝いをさせられている。

 僕は彼から怪我が軽くなったという報告を受けて、彼の怪我自体が白波の神様が仕組んだものだったのだと再確信した。


 猫の様な澄んだ瞳を持つ整った外見の二十八歳の男は、王子様どころかモデルでも俳優でもなく、れっきとした神奈川県警の刑事で巡査長である。

 新潟の白波神社になぜいるのかは、前述のとおりに彼が大怪我をしたのが理由である。


 僕と良純和尚に家族の誓いを立てた彼を僕達が引き取るのは当たり前であるが、年末年始の僕の里帰りがあったので、青森から新潟へと人の介助が必要だった彼も一緒に連れまわしているだけだ。

 怪我をしたから僕と一緒にいられると彼は笑うが、彼の怪我についてもっと詳しく説明すれば、背中前面の打撲と左手の中指と人差し指の咬傷というものある。


 つまり、尋問室で被疑者にパイプ椅子で背中を殴られ、更に左手の人差し指と中指を噛み付かれて切断しかけた、というものなのだ。


 僕はそんな事態を招いた彼には「バカ野郎」の言葉しかない。

 それでも恋人として、あるいは白波の神様に心酔しかけている彼の信仰心に水を差したい気持ちもあったからか、ぐるぐるに包帯が巻かれて糸巻きのような彼の左手を横目で見ながら彼の怪我を心配するような言葉を返していた。


「背中よりも指こそ綺麗に直してくれればいいのにね。辛いでしょう。」


 僕の言葉に山口やまぐち淳平じゅんぺいは自分の左手を眺め見て、にんまりと猫の様な笑顔を顔に浮かべた。


「この手のお陰で僕は重たいものを持たなくても良いし、皆に優しくしてもらえるよ。」


 僕は恋人が純粋なだけの人で無くなったような気になった。

 矢張り、ウチの神様はろくでもない神様だ。

 五年前にウチの神社を非難する新興宗教が、神社の目の前にどかんと道場を建ててしまったのも無理も無い。


 僕は眼の前の白波八幡神社と言うのぼりを忌々しい気持ちで眺めた。


 白波神社のある山から本家までの広大な土地は白波家が所有するものであるが、白波家が整備した私道を挟んだ白波家の物で無い広大な土地もある。

 新興宗教の道場であるならば、もう少し奥まった所に建てれば良いのに、敢えて白波神社の参道入り口となる場所に建て、白波神社の出張所のような顔で参拝客を騙しているそうなのである。


 僕達が朝の六時前からここに置かれてしまったのは、全て、それが理由だ。

 まぁ、僕達というか、山口が、であるが。

 僕は山口をそこに置いておくための重石でしかない。


 彼を雅に微笑ませて参道入り口に置いて置けば、あら不思議、向こうの信者までもがふらふらと此方に足を向け、お守りを買い、あるいは、参道の道順を山口に尋ね、明日もいるのかと山口に尋ね、寒くないかと山口に尋ねているという、招き猫状態なのだ。


 山口の座る椅子の後ろには大型の段ボール箱が置いてあるが、それは我が白波の神社グッズ入りの箱ではなく、山口への貢ぎ物専用ボックスなのである。

 そこには近所のお土産物屋どころか、新潟市のお店まで行って買ってきたらしき貢物が、次から次へと溜まっている。


 恐るべし、淳平。


 いや、恐れるべきはそこまで見越していた周吉か。

 しかし、完全に山口の底力を計算していなかったのは間違いない。

 奴は僕達を設置して一時間も経たずに淳平詣が起きたと知るや、神官にあるまじき欲望を両眼にたぎらせながら僕達へ命令までしたのである。


「淳平君の威光を最大限にあやかるために、玄人、お前は恋人であることを口にしてはいけませんよ。人前で甘えるのも禁止です。淳平君もよろしくね。君がフリーであるからこその女の子ホイホイですからね、この白波のためによろしくお願いしますよ。」


 僕は白波の祖父は武本の祖母咲子と違って人の心を持った人だと思っていたが、どうやら修正しなければならないようだ。

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