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教えてください、お父様?

「あの子は置いてきちゃった?」


 楊ははっとして部屋を見回してから、自分の腕や肩を、床までも見下ろした。


「あ、いない。」


 楊はコートを開いて、腰のオコジョを見下ろした。

 彼らは常に三匹で楊のベルトやポケットに勝手につかまってぷらぷらしているのである。

 重くは無いが見える人間には邪魔に感じる時もある。

 楊と目の合ったオコジョは、捨てる?捨てる気?と強請るような顔で彼を見返した。


「こいつらは、まぁ、いいか。」


 指先で軽くつつくように三匹を撫でるとコートを元に戻し、先日から楊に見えるようになった、ジェットが言うにはジェットの母であるロシア貴族出身のエカテリーナから伝わるという鴉の姿を探した。


「あの子はその子達と違って呼ばないと来ないよ。」


「この子達こそ俺のペットじゃないのにね。ジェットが心配しているヤツがちびの恋人だから、こいつらも心配で俺に付き纏っているのかな。」


 楊に対してジェットは含み笑いを上げ、そして書斎机の椅子から立ち上がった。


「コーヒーでも飲む?ウィスキーもあるよ。」


「いらない。それよりも、ジェットが知っているなら。……やっぱりいい。帰る。」


「戸口でごちゃごちゃ言っていないで、こっちに来て座りなさいよ。それで聞けば良いでしょう。ヒルコって何?パパは知っているの?って。」


 楊はずかずかと書斎机に向かい、天板にばしんと両手をついた。


「お前の仕業か?」

「違うよ。あんな気味の悪い物、僕の趣味じゃないね。玄人君は何て言っていた?」

「神様だと。」

「あの子も間違えるのだね。」


 くすくす笑いながらジェットは部屋の隅にあったらしいコーヒーメーカーに向かって歩いて行き、今度は尋ねもせずにコーヒーを淹れ始めた。

 マシンは最新式のものである。


「こんな魔法の世界でリアルな最新式の家庭用コーヒーメーカーが見れるとはね。」


「僕は昔ながらのコーヒーメーカーが好きだけどね。君がすぐ帰るって言うからこっち。おいしくてもポーションって何か違うと思うのは、僕が昔の人間だからかなぁ。」


 二つのマグカップを両手で持って戻ってきた男は、片方を楊に差し出した。


「それ、ギャグかよ。俺も七歳の時に死んだはずのひいじいさんからコーヒーを差し出されるって悪夢でしかないよ。俺の中のいい思い出のジェットを壊さないでくれよ。」


「じゃあ、帰って良いよ。お化けな僕を頼らずにヒルコとやらと遊んでいなさい。」


 楊はモカの香りのするブラックコーヒーを啜りながら、目の前の男とそっくりなはずの眼で彼をじとっと睨んだ。

 それからマグカップを不貞腐れた顔から離す。


「お父様お願いします。教えて。」


「そんなあっさり。君も警察官ならばもう少し自分で何とかしようと頑張ろうよ。ちょっと男気が無さすぎてパパはがっかりよ。」


 とんっとマグカップを乱暴に書斎机に置くと、楊は踵を返した。


「帰る。」


「ごめん、教える。教えるからこっちのソファに座って。」


「俺は長居は。」


「反吐が出る話だからね。座って。」


 楊はマグカップを掴むと、ジェットの言うとおりにのそのそと書斎机前の応接セットに向かい、勧められたソファではなく、ジェットが自分用にと考えている筈のスツールに乱暴にドカッと座った。


「マサトシ小さい。」

「うるさい。」


 ジェットはくすくす笑いながら楊の正面に当たるソファにゆったりと座ると、楊の神経を逆なでる父親っぽい微笑みの顔を見せつけた。


「最近まで死人の間で密造していた、ザクロって呼ばれる薬があったのだよ。人を殺して食べなくても、その薬一粒で二月くらいは生者に戻れる魔法の薬。今は公安が取り締まる事になってね、工場を見つけた途端に関係者の死人は確保して地下収容所行きだ。」


 死人は元々殺せないものであり、黄泉平坂の向こうの悪鬼に正確な生者が少なくなっていることを知らせないための生者側の神の作り上げたものだと言われている。

 だからこそ死人を殺せる玄人は悪鬼側の人間と目され、何度も命を狙われているのだ。


 さらに政府は一般人から死人を隠す場所として巨大な地下収容所を作り、そこにある独居房に公安刑事が死人を捕らえては人知れず閉じ込めているのである。


「どうして。それがあれば死人による拷問殺人が起こらないだろ。」


「作り方がろくでもないからね。望まない妊娠をした女性の胎児に死人の血を入れるの。すると胎児細胞がイクラのような状態になって出てきてね。それが、ザクロ。女性は子供を処分できる上にお金がもらえて万歳。死人は生者に戻れる薬が手に入る。」


「それなら別に……あれが、それか。」


「大当たり。生者でも死者でもない。この世に生を受けてもおらず、あの世に死を知られてもいないもの。時々生まれてね。それも人食いでしょう、困ったものだ。あんなものを後生大事に崇め奉れる人間って信じられないね。……おや、もう帰るの?」


 楊は戸口まですたすたと歩いて行き、そこでクルっと振り返ると、嫌味ったらしい敬礼をこの部屋の主に向けてした。


「俺は現役の刑事で仕事中なの。どうも貴重な情報をありがとうございました。長谷はせ貴洋たかひろ警視監殿。」


 そうして楊はドアを開けて外に出て行ったが、ドアの向こうですぐさま叫び声が起きた。


「あ。俺はどうやって帰ればいいの!真っ暗じゃん!しまった。畜生!パパ!」


 長谷はくすくす笑いながら指をぱちんと鳴らした。


「腰につけたオコジョさんを使えばいいのに、なんて馬鹿な子。子育てって、面倒臭いから楽しいのかもしれないけどね。あーあ、面倒臭い。」

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